10月末って、ふと寒くなる時がある。そんな時期は、必ず梨花は体を壊すのだ。



「あ〜梨花ちゃんいないとかありえねえ。目の保養がないとか死んでしまう」



隣の席の宮川は本当につまらなさそうな顔をして、私を睨んで来る。私に言ってきても仕方ないっつの。



「つかなんでお前と梨花ちゃんが仲いいわけ?」

「幼馴染だし」

「それにしても一緒にいすぎねー?」

「うっさいなー」



仄かに緑色が混じっている短い髪の毛の彼はブーブー私に文句を言ってくる。私は携帯を弄りながらその文句を右から左に流す。


あー、隼人くんに会いたい。3日ぐらい会ってないから、隼人くんロスだ。

あれから私は黒い髪の毛をまたアッシュに戻して、トリートメントだけ一か月に一回通うようにした。メイクも前と同じに直したし、その報告を隼人くんにしたら彼は「いいじゃん」とだけ返信が来た。


ラインでは淡白な隼人くん。ますます魅力的だ。…あ、



―――「そうだ!!」


「なんだよ、急に」

「今日、梨花のお見舞い行くわ」

「えええええ」



梨花のお見舞いに行けば、隼人くんとも会えて一石二鳥じゃん!サイコウじゃん!!なんて浮かれる私の隣で大きな声を出す宮川。

彼はバンッ!!と私の机を叩いて、こちらに身を乗り出してきた。その時に香る、香水のきつい匂い。耳に光るのは、センスが悪いピアスがじゃらじゃらと。



「俺も行く!!」

「え、なんで」

「梨花ちゃんとお近づきになりたいからだよ!!」

「……」



別にいいけどさ。

あんたはもっとまともな格好しないと梨花には振り向いてもらえないよ。という言葉は心にしまって、私はため息をついた。





梨花に『宮川とお見舞い行くね』とラインを送れば、『絶対私のためじゃないし、1人余計すぎる』と返って来たけれど、それは既読無視をして私と宮川は学校から出発した。


私たちは帰り道の途中にあるコンビニで、ゼリーやポカリや梨花が好んで食べるお菓子とか買い込む。



「つかお前ってなんで梨花ちゃんの家に入り浸ってんの」

「うちの親は両働きだから、よく梨花の家に預けられてたの。そのなごりかな」

「なるほどな」

「まあ今は違う意味で行ってるけど」



今更家で1人でも寂しくはない。けれど梨花の家に行く理由なんて一つしかない。ある人のためだ。


買い物が終わってコンビニのドアから出ながら、宮川は「なんだよ」と仕切りに聞いて来る。うるさい。



「おい、なんでだよ」

「なんでだろーねー」

「俺はこんなに大っぴらに梨花ちゃんへの愛を語ってんのにお前は隠し事か」

「別に頼んでないし」

「はああああ!?」



宮川はなんでこんなにうるさいんだろう。私だってうるさいよ?よく梨花にうるさいって言われるよ?だけど宮川にはさすがに負ける。


私のテンションでもぐったりする梨花が、こいつの事を好きになるはずがないと思う。



「つか今更だけど梨花ちゃんちに行くなんてドキドキするんだけど」

「ふつーの家だよ、ふつーの」

「好きな人の家だぞ!?平常心でいられるかよ」



好きな人の家…。確かに、私にとってもあの家は好きな人の家だ。


だけど最早第二の我が家みたいなものだし、隼人くんの部屋にもノックなしで入れちゃう。逆に自分の家より心地よく感じてしまうほどだ。これは私ももっと新鮮な気持ちで隼人くんと向き合わないといけないかもしれない。


ふむ、と私が腕を組んで頷くと、



―――「瞳?」



後ろから愛おしい声。



「隼人くん!!」



私がそう言ったと同時に振り返ると、パーカーに少しだぼっとしたジーパンといういつも通りラフな格好をした隼人くんが立っていた。


彼はスーパーの袋を持って、少し驚いたようにこちらを見ている。



「…誰?」



隣の宮川が腰を折って、そう耳打ちをしてくる。私は彼に「梨花のお兄ちゃん」とこっそり言った。


すると宮川は面白いぐらい目を見開いて、口をあんぐりと開ける。好きな人の兄と思わぬご対面にさすがにどうすればいいか分からないらしい。


私はそんな宮川を放っといて、隼人くんに駆け寄る。



「隼人くん!なにしてんの?」

「…お前こそ何してんの?」

「え」



私の知っている声より、ずっと低い声にびくりとする。

いつも笑顔の彼らしくなく、少ししかめ面。



「梨花のお見舞いに行くとこだよ?」



私が半笑いでそう言うと、「ふうん」といつもより興味が無さそうな相槌を打って、彼は私の奥の宮川を目に入れた。

私も振り返ると、宮川は「あっはっふあっ」と気持ち悪い声を出して、隼人くんに向かって勢いよくお辞儀をする。



「宮川でええす!!」

「…随分と元気いいな」



さらにしかめ面をする隼人くん。珍しい。いつもの隼人くんなら、宮川みたいな変な奴でもフランクに接するはずなのに。


…そうか!!



「隼人くん、風邪なの!?」

「はあ?」

「元気ないから!!ゼリーあるよ、ゼリー!!」

「いや、ちが」

「隼人くんオレンジ好きだよね!?ほらほら、買ってあるから!!」

「てめえ!それ梨花ちゃんのだろ!!」



袋の中からゼリーを取ろうとすると、そのビニール袋を引っ張る宮川。私はそれに負けずに反対方向から袋を引っ張る。


ありったけの力で引っ張るけれど、さすがに男の宮川には負ける。私はそのまま宮川の方に引っ張られて、2人してアスファルトの上に倒れた。



「…いったあ、」

「いてえ、重え…」



バラバラと袋から落ちるゼリーやらお菓子やらポカリ。

あ、宮川下敷きに倒れちゃったと、



―――「うわっ」



いきなり脇から体を持ち上げられる。

一瞬何が起こったか分からなかったけれど、



「あぶねーだろ」



私の真後ろにいる隼人くんのその言葉で、彼に持ち上げられたと分かった。

彼は私の腰辺りをまだ掴んでいて、ぶすっとした表情を浮かべながらまだ倒れている宮川を見下ろしている。


すると宮川は慌てて起き上った。



「あっ、すっすみません!!お兄様!!」

「…お兄様?」

「あっ、俺、僭越ながら梨花ちゃ…梨花さんに片想いしている身でして、今回梨花さんのお見舞いにお供しにきたんです」

「……あ、」



そこで隼人くんはぽかんとした表情を浮かべた。そしてゆっくりと口角を上げながら、「あ、そうか、あー、そうなんだ」と変な相槌を打つ。

隼人くんは私から、離れてニコニコしながら宮川の元へ向かった。…先ほどとの機嫌の違いが凄い。


「あー、俺、梨花の兄の隼人。よろしく〜」

「え、あ、俺、宮川です!!よろしくお願いします!!」

「うんうん、宮川くんね。いい名前だね」

「はじめて言われました!!」



そりゃそーだろうな。

私はぽかんとしながらその異質な光景を見つめることしかできない。


…転がったゼリーでも拾うか。そう思いながらゼリーを拾ってビニール袋に入れる。その間に隼人くんがアスファルトに放っていたスーパーの袋を覗くと、ポカリやらゼリーやら、私たちが買ったものと同じものが入っていた。


すると隼人くんと目が合う。



「母さんに頼まれたんだよ」

「あ、そうなんだ」

「一緒に行くか」

「はい!!お兄様に着いていきます!!」



すっかり仲が良くなったらしい。ずるい、私の隼人くんなのに。隼人くんに後ろに宮川が着いていこうとする、と彼は私の方に振り返った。


変な髪色の彼は何故かニヤニヤしながら、私の耳元に、



「お兄様、お前のこと好きなんだな」



とこっそり、そう言ってきた。


え、なんでそれを。と私が聞き返そうとするも、遅い。宮川はさっさと隼人くんの隣を陣取って、隼人くんに積極的に話しかけていた。


私には見えない隼人くんが、他の人には見えるらしい。













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