隼人くんが私のこと好きっていつ気づいたのって?それはこの前の冬ぐらい。半年ちょっと前ぐらいだから結構最近の話。





「梨花さん、バレンタインデーですよ!」

「……で?」

「隼人くんに渡したいので、今日家に行きます!」

「はいはい」



2月14日のバレンタインデー。結構雪が降って、電車通学の人たちは電車が止まって帰れないと嘆いていた。徒歩通学の私と梨花は雪がほのかに積もっている道をゆっくりと歩きながら帰っていた。

私が隼人くんにチョコを送るのは最早毎年恒例。隼人くんは甘いものが好きだから、飛び切り甘いケーキを作った。そして今年は丁寧にチョコペンでハートまで書いた。



「瞳ってほんと見た目に似合わず健気だよね」

「だってなんでこの見た目か分かる!?」

「あのクソに追いつきたいから」

「正解〜〜」



今の髪色は、グレーのアッシュ。うちの学校が校則緩くてよかった。私はナチュラルな付けまつげをつけたまつ毛を動かす。



「いやいや今年のバレンタインデーは特別に拘ったよ」

「なんで?」

「祝!隼人くんにバレンタインチョコを渡すの6回目だから」

「あそ」



梨花はつまらなさそうに、口から白い息を吐いた。そんなのはもう慣れっこである。私はスクールバッグに入れているバレンタインチョコを思い出して、1人でにやついた。








梨花の家に着いて、私はリビングに入る。と、キッチンでは梨花ママがお皿にケーキを装っていた。



「どうしたの?そのケーキ」



梨花が首を傾げながらそう聞くと、梨花ママは私を見て「あ…」となんだか言いづらそうに眉間に皺を寄せて、眉を下げた。

装っていたケーキは、美味しそうなフルーツタルト。そのケーキが入っていた箱は、駅前でも美味しいと有名なケーキ屋さんのものだ。



「これはね、隼人の彼女さんから頂いたの」



梨花ママは苦笑して、そう言った。と、梨花は「はああああ?」と声を荒げる。



「なにバレンタインに彼女家にあげてるわけ!?きっも!!」

「雪で電車が止まったからデートに行けなくなったみたいで。歩いてうちまで来たのよ」

「知らねーよ!しね!」



梨花はきっと私のために怒っているのだろう。私はそれを止めようとは思わなかった。

確かに今日は雪が降っていた。今年一の寒波が来て、学校に行くだけで億劫だった。だけど隼人くんにチョコを渡したいから重たい体を起こして、ここまで来た。



「……」



私は美味しそうなフルーツタルトを睨む。



「おばさん、私がそれ持って行っていい?」

「えっ、でも……」

「持って行く!」

「はい…」



私はケーキを装った皿をふんだくって、リビングから出て階段を上がった。

隼人くんが彼女を作るのはこれで3回目だ。おそらく大学に入って初めての彼女に違いない。いや、そんなことはどうでもいい。


隼人くんは付き合ってもそんなに長続きしない。なんでかって、いつも振られているらしい。友達にも人気の彼は、彼女を優先させるということが頭に無いらしい。バカだ。

隼人くんは私のことなんか好きじゃない。そんな完全に『妹的な』立場の私ができることは。


『妹』の立場を利用して、我儘を言う事だけだ。



―――「ケーキお持ちしました〜〜」




「おー、ありがとって瞳!?」



隼人くんの綺麗でも汚くもない部屋にぎこちなく座っている男女。ふうん、これが彼女か。…まあまあ。中の中。



「えっと、妹さん?」

「あ、妹の親友だよ」

「そうなんだ〜。よろしく!」



にこり、となんの濁りもない笑顔。きっと私なんかより数倍性格のいい彼女なのだろう。……つまんない。敵うわけないじゃん。


私まだ高校生で、所詮幼馴染という枠から逃げられない。


どれだけ凝ったチョコを作ったって、彼女の前ではそんなものは廃る。毎年恒例の行為は、彼にとっては当たり前のことになって、なんの意味もない。

…なにしに来たんだろう、私。落ち込んだだけじゃん。邪魔してやろうとか、別れさせてやろうとか思ってたけど、そんな醜いこと隼人くんの前でできるわけがなかった。


私はケーキを床に置いて、そして、



「……帰る」



そのまま彼の部屋から出ようとすると、



「なんかあった?」



後ろからそんな声。振り返ると、隼人くんは心配そうな顔を浮かべて私を見上げていた。



「別に、なにもないよ」

「嘘つけ、あるだろ」

「ないっつの!」

「俺に嘘つけると思ってんの?」

「…兄貴面すんなバカ!アホ!マヌケ!」



私は隼人くんの部屋から勢いよく出て、階段を駆け下りる。


なんでお兄ちゃんみたいな感じに私に関わるの。なんで彼女の前でまで私にそんなこと言ってくるの。

どうせなら私のことはほっといてよ。じゃないともっと私は隼人くんを好きになる。隼人くんはずるい。

リビングに着いて、私はソファに置いていた鞄をひったくる。



「瞳、」

「ごめん、帰る」



梨花が心配そうな顔をしてソファから立ち上がったけれど、私がそう言うと「そっか」と引き止めはしなかった。



梨花の家から出ると、雪は止んでいた。しかし雪はさっきまで積もっていて、私が梨花の家にいる間に相当降ったらしい。



私は早足でその凍った地面を歩く。

寒い、冷たい、悔しい。

なんで私は隼人くんのことが好きなの。そんなの分かんないよ。どうしたって好きなんだよ。なんて目尻に涙が浮かんでくると、




――――――「瞳!」



後ろから、愛おしい声。

振り返ると、隼人くんが走ってこちらに向かって来ていた。


なんで。

私は思わず駆け出す。彼と反対方向に。

なぜか無意識に逃げる。泣いてることがバレたくないからだろうか。必死に足を動かす、と。



「あっ、」



足を滑らせて、そのまま私の身体は雪の中に突っ込んだ。

痛いのか冷たいのか分からない。だけど、じいんとした感覚が体に伝わる。



「瞳」



起き上がらない私の体の上から、またそんな声。



「大丈夫?」

「なんでここに来たの」

「……わかんねえ」

「バカだね」

「知ってる」

「……」

「…バレンタインデーって言ったら瞳だろ」



その言葉に私は身体を起こす。すると、鼻の先を赤くしている隼人くんと目が合った。彼はぎこちなく私から目を逸らして、黒髪の頭を掻く。



「今年は、ないの?」

「……浮気野郎」

「大丈夫、さっき別れた」

「えっ?」



さっきのさっきで?と、私が目を見開いていると、隼人くんはしゃがんで私と目線を合わせる。



「瞳のチョコが欲しいです」



べこり、と小さく下がった頭。その情けない姿に思わず私は笑ってしまった。

もしかしたら隼人くんにとって、彼女より私の方が大切だったのかもしれないって、少し自惚れた。







―――次の日、梨花から聞いた話。

隼人くんが駆け足で出て行った後、彼女は『好きな人がいるって振られました』と泣きながら言って去っていったらしい。

そして、私の元にはこんなメッセージが来た。




【チョコ、来年もよろしく】



…隼人くんの好きな人。

それってもしかして、私でしょ?














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