「皆川って怖いよな」
「でも美人じゃん」
「ぜってー性格きついよ」
「……瞳のことよく知らないくせによく言うよね」
学校のいつもの廊下。私と梨花は移動教室で並んで歩きながら、周りからの視線を受ける。
梨花は校内でも美少女として有名だから、男子達からの視線を受けるのは間違いない。私はその付属品で、勝手にあれこれ言われてるだけだ。
「でも私、愛想悪いから間違いじゃないよ」
「いやいや、あのクソ兄貴に向ける笑顔をみんなに見せてやりたいよ。一発で落ちる」
「はっ!?私そんな笑ってる!?」
「ずっとニヤニヤしてるよ」
「うわ、恥ずかしい」
「それでも気づかないあいつはバカだ」
「隼人くんのあの鈍感さは天性だと思うよ」
…まあ、そんなところも好きだ。
隼人くんはいつもにこにこして太陽のようだ。友達がいっぱいいるし、みんなから好かれるような人。バカだけど。
「この間勢いで告白しちゃったけど、なんか効いてない気がするな〜〜」
「でもあの後一言も話さなかったよ。あのうるさい奴が」
「……じゃあ効いてはいるのか」
隼人くんは確かによく話す方だから黙るのは確かによっぽどの事だ。だって好きな人から好きって言われたらそりゃあそうだろう。
私ももう17歳だからもう待っていられないよ。だって高校生ブランドを使えるのなんてあと1年もないんだからさ。
「ちゅーとかしようかな」
「はっ!?先走り過ぎだろ!!」
「だってだって私ももう17歳だよ?もう結婚できる歳になっちゃったよ。昔から隼人くんと結婚することが夢だったのにもうその夢が叶えられるところまで来たんだよ!?」
「だからって色々とすっ飛ばしすぎじゃね?」
「飛ばしてない!もう片思いして早7年…。ここまで待ったらもういいよね」
「……」
梨花は言葉が出なくなったのか、顔を青ざめて私を見つめているだけだ。
『やっぱり皆川ってそんなやつなのか…』私の声を聞いていた男子達はあらぬ想像をしているが、違う。
私は隼人くんだけを見て来たし、これからだって隼人くん以外を見るつもりはない。私のファーストキスは、絶対隼人くんに捧げるんだ。
「……お前よくのこのこと俺の前に現れるな」
「…ダメなの?」
「ダメじゃねーよ。だけどあまりにも普通すぎるっていうか、ドキドキ感がないっていうか、なんか違くね?」
私は梨花の家に来て直ぐ、隼人くんの部屋のドアを勢いよく開けた。彼は「うお」とベッドから飛び起きると、私を見て気恥ずかしそうに目を背けてくる。
私はそんなタジタジしている彼の元に近寄って、携帯を片手に持っている彼を見下げた。携帯の画面には、ツイッター。私はツイッターなんてものは面白くなさそうだからしてないけれど、隼人くんをフォローするためだけにやりたいとは思う。
…いやいや、今はそんなことはどうでもいい。
私はベッドの上に足を置いて、
「……はっ?」
隼人くんの足の上に体を思い切り乗せる。隼人くんがまるで宇宙人を見ているような顔をしていることは、どうでもいい。
私は彼が来ている薄手の紺色の襟なしワイシャツを両手で握る。
「…隼人くん」
「…はい」
「好きです」
「…聞きました」
「というわけでチューしたいです」
「…いやいやおかしくないですか?」
おかしいのは百も承知だ。しかし、隼人くんレベルの鈍感バカはここまでしないと進まないのだ。
私はそっと隼人くんに顔を近づける。と、隼人くんの意外と綺麗な肌とか瞳の色がほんの少し茶色いこととか、まつ毛が長いこととか、今まで知らなかったところまで見えて心臓の動きが早くなる。
そして何よりも、彼の匂い。梨花と同じだけど、違う匂い。
やばい、私。ドキドキしすぎて死んじゃいそう。と、
「むっ」
両頬を掴まれる感覚。ふと我にかえると目を皿にして私を見ている隼人くんが目の前にいた。
「お前何してんだ」
「むー(ちゅー)」
「おませな女子高生だな」
「……」
ほらまた、年下扱い。隼人くんはすぐ私を年下扱いしてくる。それで私との距離を取ろうとする。
彼は私のほっぺから手を離して、頭をくしゃりと撫でた。…悔しい。
「別にいーじゃん」
「ん?」
「いーじゃん。私は隼人くんが好きで、隼人くんは私のことが好きで、それでちゅーして何が悪いの」
この染めてパーマをあてた髪の毛も、化粧しているのも、少しでも隼人くんに近づきたくて背伸びしたからなのに。それでも隼人くんは私から距離を取る。
髪の毛の毛先を弄る。そしてそれを摘んで顔を上げると、
―――「だから、ませすぎだって」
いつの間にか視界は反転して、私の背中はベッドに横たわっていた。
目の前には無表情の隼人くん。
もしかして今、押し倒されてる?
「……あ、えと、」
私はへらへら笑うことしかできない。だけど隼人くんは全く笑い返してくれない。
ど、どういう状況?どうしたらいいか分からない。
隼人くんの顔が近づいてくる。これって…!!私はぎゅっと目を瞑って、彼のシャツを握れるまで強く握った。
やばいやばいやばい、と。
落ちてきた柔らかい感覚は額で。え?と目を開くと、静かに微笑んでいる隼人くんと目が合った。
彼はシャツを握っている私の手を優しく握ってくる。
「震えてんじゃん」
「…え、あ」
「怖いんだろ」
「…ちが、!隼人くんとしたくないとかじゃなくて、これは、その」
「だから背伸びすんなって」
「っ、」
そのまま隼人くんは私の手を引いて、そのままベッドの上に向かい合って座る体勢になる。
そして私の髪の毛にするりと触れた。
「背伸びしなくていいんだよ」
「だって、それは隼人くんの方が年上だし。いつも隼人くん私のこと年下扱いするし。だったらこんな風にするしかないじゃん」
「でも俺、元の瞳の方が好きだよ」
「……!」
初めて聞いた、彼からの"好き"という言葉。私の身体はみるみるうちに熱くなっていく。
「…し、知ってるよ」
「んだよお前。てかいつからだよ」
「教えない」
隼人くんのくせに、なに余裕ぶって笑ってるわけ。
私はにこにこ笑っている彼の髪の毛をワシャワシャと乱しておいた。
|