不憫な僕らの話
叶わない恋だって決めつけられたくは無い。だけどそれは事実で。
それを他人に言われると私は虚しい人だって思ってしまうから、言われたくないんだ。
「ありがとう、片倉さん」
「あ、いえいえ。お安い御用です」
クラスの数学担当の先生が私は好きだった。賢そうなメガネの奥にある、優しい瞳や柔らかな聞き心地の良い声。
全部が好きだ。そして私はこの学校の中でもその先生と仲が良いと自負していた。
「片倉さん、」
だって、先生はいつも私を頼る。それが嬉しくて仕方が無い。
「プリント持ってきてくれない?」
「はい!」
だけど、だけどね。
先生には奥さんがいる。だから、『叶わない』。
「片倉ちゃん、今日も健気ね」
プリントを運ぶ私の後ろから陽気な声。振り返れば、クラスメイトの小田切くんがニコニコと笑いながらこちらを見ていた。
「叶わない恋に、恋をしてる片倉ちゃん」
「は…?」
この恋は秘密の恋だった。なのにこの人なんで、ていうか
「叶わないって、何よ」
「本当の事じゃん。あちらには奥さんがいるのよ?」
「わ、分からないじゃん!そんなの関係無いし!ていうか何で知ってるのよ!」
私がそう言い終わった瞬間、廊下の窓から風が吹き抜けた。すると私の腕からプリントが舞い散る。
それはそれは無惨で。白い紙が廊下に散らばった。
「あーあ、」
小田切くんはそれを見て笑う。私は彼を睨んで、それを拾おうとその場にしゃがみこんだ。
「片倉ちゃん、不憫だよ」
「どうとでも言ったら?」
「片倉、」
急に呼び捨てになったと思えば彼は私の目の前にいた。
「ほんと、なんでだよ。お前」
私の拾ったプリントをぐしゃぐしゃにして私の手を握ってくる。その手は汗ばんでいて。
「俺にすればいいのに」
「は?」
「叶わない恋なんて、する必要ねえよ。俺の事好きになれば楽になる」
私を覗く茶色い目は一寸もブレない。私はその目から目を話せないまま、うっすらと口を開いた。
「でも、叶わなくたって、どうしたって、好きなの。もう、どうしようもないから…」
涙が出そうになる。だけど、それはズルいと思った。だから、それを堪える。
小田切くんはそんな私からやるせなさそうに目を逸らして、ため息をついた。それは深く、すぐに空気と同化していった。
「だよね。どうしようもない」
「うん…」
「俺だって、叶わないのにな」
ハッと、嘲笑うように笑って茶色い瞳はこちらへ帰ってくる。
「片倉、好きだよ」
彼の告白を聞いて、私は無性に悲しくなった。