夏樹くん2
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「沙羅ぁ、お腹すいた」
そう言ってズカズカと私の家に入ってきたのは、研究室の院生の先輩であり、同じマンションに住んでおり、そして昔の幼馴染である夏樹くんだ。
いつもキチンとセットされた黒髪に、今日はベージュのセーターと細身の黒いジーンズをまとった彼はどう見てもモテそうなオーラを醸し出している。
「まだ作ってないからね」
「へえ、じゃあ今から作ってよ」
そう上から私を見下げて言った彼は実は私の初恋の人である。
いや、こんな人じゃなかったのだ。昔はとっても優しくて、みんなに慕われていて、柔らかい話し方で、そして、
「何ぼーっとしてんの」
「ぎゃ、!」
いきなり眼前に来た顔。私は驚いて彼から離れるように体をそらせば、そのままバランスを失って倒れる。
バターン、と。痛い音が部屋の中に虚しく響けば、夏樹くんが白けた顔でこちらを見ているのが目に入った。
「いたそー」
「痛いですよ…」
誰のせいだと思ってるんだ。まったく。昔ならきっと本当に心配した顔をして、「大丈夫?」って手を差し伸べてくれるはずなのに。
と、
「ほら」
目の前に出された、ゴツゴツした手。前みたいな小さくて綺麗な手ではなく、男の人の手。
「え?」
そうとぼけていると、夏樹くんはイラッとしたように眉間に皺を寄せて「はやく」と私を急かした。
彼が機嫌を悪くすると察した私は恐る恐る彼の手を握る。その手は思っていたよりもとても大きく、その温もりにぽうっと顔を赤くしている間に、
「きゃ、」
そのまま強く引き寄せられて、私はいつの間にやら彼の甘い匂いに纏われていた。
「どんくさ」
そう低く呟いた声。私の知らない声。
大きな手は私の手から離れて、私の背中に回されていた。ドクドクと、彼の心臓の音が鮮明に聞こえる。それは通常より早いもので。
自分が今置かれている状況に頭がついていけず、ただその温もりが心地よくてうっとりとしてしまった。
「ねえ、なんで抱きしめてるの」
「あったかいから」
「心臓、すごい動いてるよ」
「気のせいだよ」
気のせいなわけあるものか。私が自分もと、彼の背中に手を回そうとした瞬間、
彼はいきなり私を自分から引き離す。
それに驚いて目をパチクリさせていれば、夏樹くんは何か不満そうな顔つきをして私から目を逸らした。
「なんでお前、普通そうなんだよ」
「え?」
「…いいから早くご飯作って」
なんて。しかしこれは何言っても聞いてくれなさそうだから、私はしぶしぶ立ち上がった。
普通なわけないじゃん。でもドキドキしたら負けのような気がするから。夏樹くんはどうせ女の子誰にでもこんなことできるんだ。
「ばーか、」
ご飯はレトルトのカレーでいいや。
お前にしかやるわけねーだろ・
151215