夏樹くん
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今日から私は宮田研究室に配属される。なんでここの研究室にしたかって、ここの研究室の教授が好きだからだ。それだけ。
初めて研究室にお邪魔することになる今日、研究室の先輩方全員と対面することになった。
緊張と少しだけの期待。私は同級生で同じ研究室に入る山川と一緒に初々しく肩を狭めながら、先輩方の前に立っていた。
「あ、の。花田沙羅です!勉強できないですが、よろしくお願いします!」
微妙に笑いをとった自己紹介をして、お辞儀して顔を上げればふとある人と目があった。
ゆるくパーマをあてている耳にかかるかかからないかぐらいの黒髪。いかにも優しそうな顔つきの彼は私をじっと見つめてくる。
なんとなくその顔は見たことがあるようで。しかし一人暮らししてる身の私は、彼と知り合いなはずがない、とぎこちなく笑みを返して目を逸らした。
「ねえ、」
自己紹介が終わり、フリートークに入った時。人見知りで自分から行けず、1人になっていた私の後ろから声がした。
振り返ると先ほどの男の人。やっぱり見たことがあるなあ、と首を傾げて「はい」と彼を見上げた。と、彼はぐいっと顔を近づけてきて私に笑いかける。
「俺のこと、覚えてる?」
「え?」
覚えてるも何も、知り合いなんですか?と。
きょとんと彼の顔をじっと見つめてぐるぐると頭の中の記憶を探り出す。
………あ。
「夏樹、くん?」
小学校低学年の頃、近所で遊んでくれていた自分より年上の男の子。
みんなに慕われていて、近所の子供達のリーダーだった。そして密かに恋心を持っていた。私の『初恋』の人。
「ふふ、あたり」
昔と変わらない柔らかい笑みを忘れるなんて自分でもボケていると思う。初恋の人の顔を忘れるなんて。しかし夏樹くんは彼が中学になる時に、私たちの前から消えてしまったのだ。
ぽかんと口を開けて夏樹くんを見つめている私を見て、「ぶはっ」と吹き出す彼。
「ぽーっとしてるとこ、変わらないね」
「んな!そんなことないよ!」
「いやいや、真面目そうに見えて沙羅は天然さんだったからね」
喋り方ももちろん優しい。私は男に囲まれて遊んできたからか、言葉が小さい頃からがさつで。だから優しい喋り方をする夏樹くんが、他の男の子たちよりキラキラして見えてたんだ。
夏樹くんは口角を上げたまま、私のことを見つめる。
「俺はすぐ分かったのになあ」
「いや、私、記憶力皆無だから」
「俺だってそうだよ。でも、沙羅のことはすぐに分かった」
ドキッとさせることを言ってくる。だめだめ、沙羅。彼が天然たらしになるなんて、昔の彼を思い出したら分かることではないか。
夏樹くんは未だにこにこしてる。その笑みが気恥ずかしくて、私も誤魔化すように少しだけ微笑むと、それに反するように彼はむっと無表情になった。
そして薄い唇をうっすらと開ける。
「綺麗になったじゃん」
そう言った彼は、私が知っている夏樹くんではない、『男』の顔をした夏樹くんだった。
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151215