仮止めの薬指にたわわな酔いしれを





俺が3歳の頃初めてここに来た時、とある『少女』がいた。


俺が小学生に上がった時も、彼女は『少女』だった。


俺が友達の愚痴を言うときも、俺が先生に期待されて不安な時も、中学で彼女が初めてできた時も、高校受験で病んだ時も、部活でレギュラーになれなかった時も、大学受験で病んだ時も、




「俺、内定もらえたよ」

「ないてい?」




彼女は『少女』のままだ。



家の近くの木に囲まれた神社に、少女はいつもいる。彼女はそこでお花を見たり地面に絵を描いたりしていた。


普通じゃない存在だとは、そんなの小学校高学年くらいから気づいていた。だけどどうでもよかった。俺にとって少女はただ一人の理解者であり、心の拠り所だった。




「就職が決まったんだよ。大きな会社なんだ」

「それは、すごいの?」

「すごいよ。大企業。まさか通るなんて思ってなかったんだけど」

「そう……」



ふんわりと嬉しそうに笑う少女。彼女はいつも表情が豊かだ。


俺が怒ってるときは怒った顔、悲しいときは悲しそうな顔、そして嬉しいときはこんな笑顔。



「しばらくここに来ないと思っていたら、頑張ってたんだね」

「うん。大変だよ。体も精神もズタボロ」

「…何を言えばいいかな?」

「お疲れ様って言って」




そう言うと、彼女は目を細めて地面のタンポポをひとつちぎった。


真っ黒で真っ直ぐな髪の毛がさらり揺れる。その髪の毛に触れようとすると、その髪の毛は俺の手をすり抜けた。そう、彼女に触れることはできない。


髪の毛とは対照的な真っ白なワンピースの袖から抜ける腕も裾から覗く足も、触れることなんてできないのだ。


そんな彼女は小さな手でタンポポの茎を小さな輪を作って、結んだ。余った茎はまたちぎる。




「はい」

「え?」

「お疲れ様。これはごほーび」




タンポポの花がついている、…指輪だろう。それを幼い、曇りのない笑顔で差し出してくる少女。


俺は無意識に開いた左手の甲を彼女に見せる。と、きょとんとする彼女。



「えっと…?」

「それ、指輪でしょ?はめてよ」

「あ、いいよ」




彼女は軽く納得して、俺の左の人差し指にそのタンポポの指輪をはめようとする。



―――――――――――そうじゃないよ。





「薬指」

「え?」

「おねえさん指にはめて」

「…?分かった」




少女は意味が分かってないようで、首を傾げながら俺の薬指に指輪を入れた。俺は左手を太陽にかざして指輪を眺める。





別に、恋愛の面で好きとかそういうのは無かった。確かに小学生の時は好きだったけど。この少女が自分と違うと気づいた時は、自然とその感情は消えた。


だけど少女は俺にとって必要不可欠だった。関係を切りたくはない、切れない。彼女がいなかったら今の俺はいない。


ある意味で俺の隣に置いておきたい。安心していたい。この不思議な空間が俺は約20年も好きなのだ。





「(結婚、指輪…?)」





仮止めの薬指にたわわな酔いしれを  




俺が薬指に指定したのは、自分の中で彼女が強固な存在だと示したかったからだろう。


でも、少女はそれに気づいてない。


全ては、自己満足

それでいいんだ、俺たちは。



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豆雨様より、素敵なタイトルをいただきました!





 




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