▼きらきらみなも
 全ては懐かしい話です。あの後まことの父は周囲の考えに反してハイバラを自らの道場の後継へと指名し、他のものから出た反発を、自らの娘と結婚させること――ハイバラを、自らの婿養子に取ることで抑えようとしました。道場の一人娘を娶った男が道場主になることは珍しくはありませんでしたから、それを上手く利用したとも言えるでしょう。農民の出が師範代として就くことに問題があったとしても、道場の家の主が師範代として立つのはあまりにも当たり前のことだったからです。問題となっていたのは家柄の違いのみでハイバラの腕には一寸の問題も無かったのですから。こう整理してしまえばなんということのない行動に思えますが、この決定はかなりの力技でした。なにしろ家柄の違いとは到底ひっくり返ることのない絶対的な壁であって、だからこそハイバラに対抗心を抱いていたものは余裕をもって侮ることができたのですから。
 しかし、知っての通り結局この時にこの縁談が最後まで進むことはありませんでした。
 様々な出来事がありました。結果的に道場から大人の門下生は姿を消し、畳みかけるようなニンゲツの奸策によりあわや潰れかけるところまで行きましたが、しかし「とある一団」の助けによってその窮地は救い出されることになったのです。理不尽な課税やハイバラとのすれ違いを解消したまことはそれからも幾度かその「とある一団」との交流を持つことになります。 それら全て、今となっては懐かしい話です。

 そして今日。まことはデジーマの港でその懐かしい顔を探し歩いていました。懇意にしていた一員から「次の寄港地はデジーマである」という便りが届いたのが半月ほど前のこと、順調に行けばそろそろ到着する頃になります。そう、その一団とは海を渡る冒険家の一団だったのでした。
 道場の件を抜きにしても、まこととしては様々借りのある相手です。どうせならば家を使って寝泊りして貰えればいいし、それを断られてもご馳走ぐらいはしたいものです。活気を取り戻した道場の姿を見てもらうのも良いかもしれません。何しろ、船の旅で世界中を回るのです。本業でこそないものの貿易も手がけていると言います、前に顔を見てからはおよそ一年程の時間が経っていました。
 早足に歩き視線を巡らせるまことの頭上で、もくもくとかかる白い入道雲を偏西風がかき流していきます。晴天、再会にはこれ以上ない日和でしょう。しかしそれにしても船が見つかりません。ここ一週間ほどこのように折を見ては港へ足を向けているのですが、どうやら今日も連日と同じ流れになりそうだとまことが息をついたその時です。
「まことー!」「まことさん!」
「!」
 懐かしい声にまことの肩がぴくりと跳ね上がります。遠くから声をかけられたようで、声の大まかな方向を振り仰ぐと数人の人影が手を振っているのが見えました。
「…エンゼル殿、レン殿!ミーナ殿まで…申し訳ない、どうせなら船から降りたところを出迎えたかったのですが」
「気にしないでよ! …っていうかね、こっちも挨拶しようとは思ってたんだけど、船が付いたのが夜中だったんだよー」
「そうなんです。コナミさんの判断で、翌日にでも挨拶に伺おうという話になって…」
 まことが小走りに駆け寄った先に居たのは、三人ほどの少女です。それぞれに個性的な衣服を纏っており、それらや顔立ちから国籍も全く違うように見えます。まことは目的の人物たちを見つけられたことに胸を撫で下ろしながらも、ミーナと呼ばれた少女の恰好を改めて見直すと眉を寄せました。
「ミーナ殿は、相変わらずのようで…」
「オー!ごめんねまこと、でもこのカッコ凄く楽ですよ」
「しかし、おなごがそのように肌を晒すのは…如何なものかと思います」
「まあまあ。心配しなくても、ハイバラにちょっかいかけたりはしてませんから安心してくださいです」
「みっ、ミーナ殿!私は別にそういうことを…」
 そう、ハイバラは今は「あの一団」、コンキスタ号の船員として旅に同行しているのでした。まことがコンキスタ号のことをよく心にかけるのも、確かに恩義に依るところは大きいですが、同門の憎からず思っている相手が在籍しているというのも確実に理由の一つではあったのです。
「隠さなくても皆知ってますです。大体あの男、そういうことにハナから興味ないタイプでしょう。ああいう方には女性の側から核心的なアプローチかけないといけませんから、まことは苦労しますですね。」
「ミーナ殿!」
「あは、あははははははっ!」
「エンゼル殿も、笑ってないで何か言ってください!」
「積極的なアプローチかあ……私もいつかコナミさんと…はうー…」」
 朝の賑わう港に、少女達の歓声が溶け込んでゆきます。何しろ随分と久し振りの邂逅なのです。積もる話はそれこそ山のようにあり、基本的に話好きの少女と来れば弾まないわけがありません。
「…そういえば他の皆さんは?姿が見えませんが」
「民宿を取ったからね。部屋にいるか買い出しに出てるかだと思うよ」
「私達、気晴らしに三人で出かけようとしてたんですけど、まことさんが来てるかもしれないと思って港をついでに覗くことにしたんです。すれ違わなくて良かったです」
「なるほど!ああ…それでは私は一旦道場に戻って、もてなしの準備でもしておいた方がいいでしょうか。一応食事の準備はしてあるのですが…」
「わ、ありがたいねー!うーん、泊り自体は宿取ってるからちょっと遠慮させていただくことになりそうだけど、ご飯は楽しみだなあー」
 長い旅になると、船の上では蛆の湧いたビスケットや干し肉を食べることがどうしても避けられません。幾ら自分でのぞんだこととはいえ過酷なことに変わりなく、だからこそ上陸したときの豪勢な食事は船乗りの大事な楽しみの一つなのです。
「ではそのように。後ほど使いのものを差し出しますが、その旨キャプテンにお願いします。…ええと、宿の方は…」
「えっと、あの本通りの…」
 宿の場所の説明をしつつも、明らかにうきうきとエンゼルは嬉しそうな様子です。これは気合を入れなければと普段の食事こそ非常に簡素なまことも改めて決意を固めたのでした。

 料理は好評、部屋を隔てるふすまを大胆に取り払い作った空間ではかなりの人数になる船団のクルーがわいわいと語り合っています。各々がかなりリラックスしているようで、それはまことの手柄だというほか無いでしょう。美味しい食事は雰囲気をなによりもわかりやすく盛り上げます。宿屋とは違い周囲に気を配る必要が薄いのも大きいかもしれません。
 その様子を裏から伺い、どうやら喜んでくれているらしいとまことがほっと胸を撫で下ろしたその時、「…まことさん、居る?」とひょっこり顔をのぞかせるものがありました。室内でもキャプテンコートを脱がないのは荒波に揉まれてきたことでどこに居ても警戒する癖がついているのでしょう。
「コナミ殿!ええと、ああ飲み物のお替わりだろうか。気が付かず申し訳ない」
「あ、気にしないで、そういうわけじゃないんだ、けど…今ちょっと話せる?」
 他ならぬキャプテンが来たことにすわ何かへまでもしたかと慌てたまことでしたが、どうやらそういうわけではなくただ話に来ただけのようです。
「それは勿論、構わないが。何か急ぎの用事か?」
「ううん、こっちはどうかなと思って。久し振りだし、あの道場は俺たちも思い入れがあるからさ」
「あの件は本当に感謝している。…ありがとう」
「もういいって。こっちもハイバラに助けられてるし」
「そのこともだ。…コナミ殿。」
 まことは一旦言葉を区切ると、改めて深々と頭を下げました。
「あの方を無事、生きて連れて帰って来てくれて、本当にありがとう」
「ちょ、まことさ…いいって!」
「本当に…本当に、ありがとう。私は、あれから…どうしても、どこに行くにもあの人がその身を犠牲にしてしまうのではないかと、そればかり…嫌なことばかり考えてしまうんだ」
「……」
 キャプテンはもう止めることはしませんでした。代わりに何か連想したことでもあるのか、何か考え込んでいるようです。
「無論そのつもりがあの人にないことも分かっている。ただ…いつかあの人が戦いの場所にサムライとしての死を求めそうな気がして。」
「……」
「…やめよう。折角の食事の場を辛気臭くして申し訳なかった」「ねえ、まことさん」
 被せるようなコナミの声に、まことがその眼を上げました。
「あの、なんて言おうかずっと迷っていたんだけど」
「はい」
「ハイバラは、君のお父さんの門下生なんだけど、今は俺の大事な仲間でもあるんだ。だから…ええとね。こんなこと今更俺に言われるまでもないんだろうけど」
 言葉を探るような彼の態度に、まことは何も言わずにただ続きを促します。彼が何か自分を慰めようとしてくれているのは感じましたが、申し訳なくこそあれ彼が何を伝えたいのかはさっぱりと分からなかったからです。
「………ハイバラのこと、宜しく頼むよ」
「……!」
 ただその一言を聞いて、まことは押し流すような驚きで自分の不安が確かに薄れたのを感じました。
 任せられたという自負が喜ばしかった、そうではありません。彼のことをこのように思っていてくれるひとが身近にいるというのは彼にとってきっと喜ばしいことだという、言わば予感をそこに感じたからです。きっと彼ならハイバラのことを船員として大事にしてくれるのだろうと、その予感です。

 ――この人の下にいるなら、彼は大丈夫だ。

 そう感じて、まことは泣き出してしまいそうでした。どうして嬉しいのに泣いてしまいたいのだろう、そう思わないこともありませんでしたが、しかし同時にそれで当たり前なのだという気もしました。

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