名前




※オオガミ超能力者夢主



数日後。


一日が終わる。日々の仕事を終え自室に帰り、軽く溜まった疲れに首筋を伸ばしながら、洗谷は先日のことを思い出していた。どうにもあの日から、あの少女のことが懸念されて仕方がない。
結論から言えばあの日の任務は成功、初めて組む相手にしてはとんとん拍子に物事が進んだといえる。しかし一つ、あそこには彼に一抹の懸念を与える材料があった。
情緒の不安定さ。
能力が弱ければ大したことはなかった。しかし意に反し彼女の能力は大きく彼女自身御しきれて居ない様子。オオガミの技術力を疑うわけではないが、あれだけの広範囲能力であると万に一があり会社に被害が出ないとも限らない。暴走した時の周囲の被害を思い出す――アレは、オオガミの脅威になりうる。貴重な戦力であるのも確かだが、彼女本人からオオガミそのものへの忠誠心を感じられないのもまた確か。スーツをしわにならないよう吊るしネクタイを緩めながら、彼はつぶやいた。

「トラウマがあるなら忘れさせてしまえばいいものを…」

犬井専務なら間違いなくそうしたはずだ。
大きな心的外傷を負った兵士が治療と称されその記憶にたどり着かないよう思考にプロテクトをかけられるのはそこまで珍しい話ではない。何故に上がそれを施そうともしていないのか疑問に思いながら、しかしなんとなくその原因は洗谷にも分かっていた。亡き大神社長の息子にして現社長、ついこの間まで球を追いかけることに夢中になっていた若造大神博之は非情な手管を好まない。任務のために記憶をいじるようなことを彼が好むはずがなかった。そして彼が否といえば専務はそれに従うだろう。そもそもあの少女をオオガミに入れるよう打診したのも上という話でなかったか。舌を打つ。

すこぶる気分が悪い。

そのため少し外の空気でも吸いに行くかと思ったのが悪かったらしい、社宅から出て自動販売機へと向かう道の途中で例の相手と鉢合わせた運命の悪戯に内心舌打ちを漏らし彼は少女を見た。

「あっ…」

自分を見て気まずそうにする理由は手の中にあるアルコールだろう。ビールの自販機が近くにあったことを考えるに自分で買ってきた帰りらしい。少女の外見から察するに彼女はまだ未成年なのだろう。それで顔見知りに見つかり気まずい顔をしたと。非常に常識的な感受性だと言える。結構。大変結構。
しかし自分には関係ないことだ。
洗谷はツッと目を逸らすと、自販機の中に小銭を落とし中身を選び始める。きょとんとしたような雰囲気が背後に広がり、面倒くさい。

「あ、あの…」
「…」
「……怒らないんですか?」

窺うような気配が面倒臭い。舌打ちして会話を切り上げてしまおうかとも思ったが、聞かれていることには答えたくなる性分だ。洗谷は渋い顔のまま答えた。

「もう子供じゃないのだから、良いか悪いかぐらいは自分で判断できるだろう。キミがしていいと思うのならすればいい、それだけの事だ」
「…」
「では失礼する」
「あ…」

夜更かしはしないようにだとか、任務にくれぐれも支障のでないように、だとか。言ってやりたい文句は考えれば思い付くも、一度顔を合わせただけの同僚とも括りがたい相手に言うことではないだろう。流石に酩酊するまで飲む馬鹿ではないだろうから、自分が言うことは何もない。いっそ酒臭い頭で出勤してくれれば遠慮なく切ってやるものを。
ガコン。スポーツドリンクが落ちた。取り出し口に手を差し込む。

「…洗谷さんは…」
「…」

声が聞こえて作業を中断した。
どうやら何か言いたいらしい。冷たい、他人行儀、すわどんな言葉が来るのか。

「洗谷さんは…私を子供扱いしないから、ありがたいです。」

「……」
「失礼します」

振り返ることはしなかったが、ぺこりと頭を下げて去ってゆく足音が聞こえた。
洗谷は冷えたペットボトル片手に立ち上がり、先程の言葉を反芻する。 ――子供扱いされたくない、なんて、まるで本当に子供のような事を言う。
オオガミに子供の兵士は珍しいことではない。年齢で言えばアンドロイドを入れてしまえば三歳や一歳に満たないものだって少なくない。年幼くして兵器として運用されるのは別に珍しくない話なのだ。

しかし。

そうだ、確かに子供なのだ。
普通であれば高校に通い、友人と親交を深め、笑いあう年頃だ。子供扱いされたくない、だなんて、それこそ本当に子供の言うことなのだ。

「……」

完全に足音が聞こえなくなってから、なんとなく居たたまれない気分になって、洗谷は大人しく部屋に戻ることにした。
気分転換などと思い珍しいことをするからこのような思いをする。さっさと風呂で汗を流してしまい、体を休めよう。冷えたペットボトルを傾けて喉に流し込んで、彼は歩き出した。


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