名前




気が付けば指先でリズムを刻んでいる。

「ちょっとアンタ、うるさいでやんすよ!」
「…?」
お昼休み。いかにも怒ってますといった態度で隣の席の餅田君に話しかけられて、私はその顔を見返した。そういえば、餅田君と話すのは入学式の時以来はじめてだなあ。話しかけてくれたのは嬉しいところだけど、餅田君の様子を見るにそんなことも言ってられない状況らしい。うるさいと言われても何のことかわからないのが申し訳ないところだなあ…。でも私、今日は口を開いていないし…寝てもないから、いびきってこともないだろうし…なんのことかなあ。
「…そんな顔で誤魔化そうとしたって無駄でやんすよ!さっきの授業中からこっちは迷惑してるでやんす、温厚なおいらの堪忍袋もいい加減に限界でやんす!」
「……。」
ご、ごめんね。でもさっきは餅田君がっつりお昼寝してたんじゃ…ああ、お昼寝の邪魔しちゃったのかな…しかしとんと思い当たる節がない。ううん。
「…もしかしてあんた、本当に自覚がなかったんでやんすか?」
「………」
え、あっ、の…あの、あのね!
そうだよ自覚は確かに無かったの、そうなんだけど、そうじゃなくって、えと……自覚がないってことを言い訳にしちゃだめだし、かといって餅田君のさっきの様子を見るに相当私うるさかったんだろうし、謝った方がいいんだろうけど分かってもないのに謝るのは相手を不愉快にさせるだけらしいし、えと、その、あの、何か言わなきゃ、何か…ええと、
「…ああもう!もういいでやんす!」
「…。」
「あんたが人に一言も謝れないヤツだってのは十分分かったでやんす。ふん、次からは気をつけるでやんすよ!」
元々長いするつもりも無かったらしく、それだけ言うと餅田君は教室の入り口で待っている数人の同級生のもとへさっさと歩いて行ってしまった。あああ私ってほんとう…ほんとに…ああ…
はあ…。

気が付けば指先でリズムを刻んでいる。多少詳しく言うと、不意に脳内に響く音楽に合わせて無意識のうちに体を合わせている。体を揺らすまではいかない。イメージの中では肩を腰を、指の先までぴんと意識を張りつめ、リズムに合わせて全身を躍らせる。
たたたたたん、た、た、たたたた、
たたたたたん、た、た、た、たたた、
今は何に遠慮することもない。頭のなか、流れる音楽に合わせて指先を流しステップを踏み、アクロバットは流石に中庭じゃあ出来ないからイメージトレーニングにとどめて、ひたすら同じ動きを反復する。より動きやすい動きではなく、より美しい動きに。
効率の良い動きが必ずしも審判にとっていい印象になるとは限らない。時折入る乱れが流れる演技をさらに際立たせることも多々にしてあって、その辺の表現の工夫は自分でどうにか研究するしかない。
ということで、昼休みの後半、空いた時間を私はこうして一人で練習に費やすことにしている。小学校の時からの日課のようなものだ。私、あんまり才能無いから、練習量少しでも多くとっとかないといけないんだよね。
人気のない静かな空間というのはこと昼休みの学校においてはとても貴重なの。しかも入り組んだ校舎の陰で日陰になっていて、地面はコンクリートだけど靴を履いていればアクロバットさえやらなければあんまり関係ないし、その上校舎のガラスが鏡代わりにもなるというよりどりみどりのこの場所を私が一番に発見したっていうのはこの上ない幸運だ。
別に人気があっても、私自身は気にしないんだけど…でも危ないし、万一私か相手がけがをしてしまったら大変なことになるからね。ということで風の流れる中庭、晴れた日は私はここで時間を過ごしている。
意識を研ぎ澄まして、脳内を踊る音楽に体を弾ませる。
加速、転調、静止、躍動、それらを細胞レベルで体になじませるために私に出来るのはひたすら反復することだけだ。
た、たんたんたったん、
流して、止めて、振り上げまた流す。手首を返して、
た、た、たん、たたったん、
最後のアクロ!着地の衝撃、角度をイメージ、流してポーズ、ここで肩を限界まで下げて、
たたたたたん、たたん、たたん、たったたん!
じゃんっ!
「!」
ぴっ!と丁度一曲の終わりのポーズを決めたところで、私はバッチリ決めた指の先に思いもしない人物を発見する。同時に見られていたのだという動揺でそれまでじゃかじゃかと最大音量で脳内を流れていたBGMが綺麗に霧散する。……
「……」
「……」
ただの見知らぬ生徒なら、私は全く気にせず練習にもどれただろう。見られることには慣れている競技だし、地味な割に派手な競技だというのもわかってるし。
でも、それが、一方的に引け目に感じている相手だったらどうだろう。つまり、この時あらわれたのは餅田君だったの。よりによってさっきの別れだ。気まずい。謝ってもいなければ原因解決もできていないのに自分の練習してると知ったら餅田君はどう思うかな。うう…気まずい。
「……」
「……」
「…さっきの、自分の演技の曲か何かでやんすか?」
すわ何を言われるだろうと身構えていただけあって、飛び出した言葉が思ったよりずっとあっさりしたものだったことに拍子抜けしながら私は頷いて返す。
「…うん。」
「ふうん、通りでさっきの音と似てるはずでやんす。あんた、さては授業中に練習のことを考えていたでやんすね」
「…!」
確かにその通りだ!さっきの授業中、…というかどの授業中も大体なんでわかったんだろう?その意を込めてじっと餅田君を見返す。
「あれだけ授業中にかたかたされてたら、隣に居ればリズムぐらいはおぼえるもんでやんす!」
「…?」
「やっぱり無意識でやんすか。やっぱり天才様っていうのは一味ちがうものでやんすね。さっきの教室の中の殺気にも動じないなんて、見習いたいでやんす。教室が広いから先生までは聞こえてなかったみたいでやんすけど、周りの人間はあんたの指の音に相当イライラしていたみたいでやんすよ?」
「……!」
あんたの指の音。
リズム。
自分の演技の曲。
そこまで言われたことで、察しの悪い私にもようやく何のことだったのか理解が及ぶ。
気が付けば指先でリズムを刻んでいる。私の悪い癖。前までだったら友人が注意してくれていた、だからこそすっかり油断しきっていた私の癖だ。原因がわかれば反省できるというもの。ああ…なるほどそれは悪いことしちゃったなあ。
しゅん……
「……。」
「まあ、反省してるならいいでやんす。それにさっきはおいらもちょっときつく言い過ぎたでやんす。小波君に怒られちゃったんでやんすよ」
「…こっちもごめんね。あと、あの、」
「なんでやんすか」
「…ありがとう。私、鈍いから全然気が付いてなかった。」
気が付けば指先でリズムを刻んでいる。ことに気が付くのはいつだって、だれかに怒られてからなのだ。
逆に言えば、怒ってくれるひとがいなければ気が付けない。そしてただのクラスメイトのために怒ってくれるっていうのは貴重なことで、ありがたいことだ。私だったら、例えば誰かの行動で不快になってもそれを注意するっていうのはなかなかできないだろう。その躊躇いを超えるぐらいに怒っていたんだろうから、怒ってくれたことを嬉しく思うっていうのはなかなかに失礼なことかもしれないけれど、でも、私、やっぱりこれはありがたいことだなあ…なんて、そんな風に思うの。
「…怒られて喜ぶなんて、アンタ相当変わった人間でやんすね」
「そうかな」
「そうでやんす。ああもう、日陰で何かやってたから、もしかして泣いてるんじゃないかとか考えた自分がばかみたいでやんす!オイラもう行くでやんすからね!」
そういうと餅田君はすったかたったかと肩をいからせながら校舎へと帰って行ってしまった。…えへへ。

えへへ。そういえば、混黒に来てから、こんなに長く誰かと話したの久し振りかもしれないなあ。今日の話題自体はあまり喜ばしいものじゃなかったから、次は、もっと明るい話題で話せたらいいな。



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