ぐっすりと休んで体力を回復させた小波君は、朝から各地を飛び回り次々にクラスメイトを助け出した。昨日の話通り私が穿くための下ジャージも手土産に帰って来てくれて、本当に感謝してもしきれない。

「あ、ありがと…小波君」
「気にしないでいいよ、丁度石田を助けるついでに覗いてきただけだから。一応るりかが見立ててくれたんだけど、サイズはどう?」
「うん…ぴったり。ありがとう」
「…それにしても、一日で随分賑やかになったもんだなあ」
「そうだね」

続々と人数の増えて行く基地は、夏の暖かさもあって活気付いている。

「小波っ!次は私も行きたいんだよっ!もう体が鈍っちゃって鈍っちゃって」
「はいはい。いいか、遊びに行くんじゃ無いんだからな。あんまりふざけるんじゃないぞ」
「失礼な。リコ様はいつでも真面目だよっ!」
「…真面目に遊んでるってことか…」

あまりにもどんどん増えるものだから、正直誰がここに居るのかも把握しきれてない…かもしれない。
それすらもわからないぐらいには、誰が誰かを把握する時間もなくどんどんとクラスメイトが増えていったのだ。

「委員長はさっきから黙々となにをしてるでやんすか」
「何って、勉強。落田君も一緒にしない?」
「えっ…遠慮するでやんすー!」
「ねえねえ堤くん、野球部に」
「お母さんのカレー…楽しみにしてたんだよお…」
「ウジウジうるっさいなあ、アンタそれでも男なわけ?あーあ、やっぱり帰ろうかなあ…」
「ムホー!」

助け出した張本人である小波君は、帰ってくる度にそんな様子をちょっとだけ誇らしげに見ては、有志を募って再び外へ出て行ってを繰り返している。
分かっていたことではあるけれど、すごい……アグレッシブな人なんだなあ。

こうして一日がまた過ぎ、再び日が昇る。
こんな世紀の大事件が起こっても、変わらず昼夜は巡るのだ。
そう変わらず昼夜は巡る。

いくらクラスメイトが増えていったとは言っても、所詮は無力な子供の集まり。これからの日々の具体的な見通しが立つわけではない。
生き延びるためだけに日を過ごし、先の見通しは立たないまま昼夜が巡る。時間ばかりが過ぎて行く。

私は一人ため息をついた。
練習がしたい。




「なら、練習すればいいんじゃない?」
とは目の前の女の子の談である。青色のポニーテールに溌溂とした表情が印象的な…

「…ええと…、」
「神木ユイだよ、実里ちゃん」
「神木さん…たしか、野球部の…」
「そ!マネージャー」

練習の前、市営体育館に行く前に体育館近くの水道でスポドリの準備をしているのに鉢合わせたことが何回かあったから、野球部のマネージャー、いつもがんばってるなあっていうのは覚えてたんだけど…
神木さん、私が現状に多少ながら不満を持っていることに気が付いたらしく(そんなにわかりやすかったかな…いやいやきっと神木さんの察しがとても良いんだろう)、暗くなってから二人きりのところを見計らって話しかけてくれたみたい。


「野球もそうだけどさ、器具が使えないなら使えないなりに出来る練習ってあるじゃない?べつにじゃんじゃか音楽流すってわけじゃないんだから、自主トレぐらいしててもいいと思うの」

確かに、練習したいならすればいい。
私もそう思うし普段なら同じことをほかの人に言ってたかもしれない。だけど今はそうは言ってられない事情が山程募ってるわけで…

「…でも、私だけ自分のことしちゃうのも…申し訳ないし…」
「あーっ!そういう考えよくないと思うなあー!」

卑屈だぞ実里ん!神木さんががばっと私の両肩に手のひらをかけ、真正面から私の顔をぐっと覗き込んだ。力強い瞳が爛々と輝いてて、ちょっとだけ怖い。

「ひ、ひくつ…」
「まさかこのクラスが実里んからそーんな風に思われてたなんて、ユイさん悲しいなあ」
「…。」
「わかる、わかるわ、確かに動けばお腹も減って食料の減りは早いし、救出にも参加してないのに基地でまで好きなことしてるってのは心苦しいわよね?でもね私、本人が本当にやりたいことを邪魔してまで強制するような、そーんな協力長続きしないだろうって思うの。ねえ、全中入賞候補の篤城実里さんっ!」

バシーン!
爛々と光る目がにっこりと弧を描いて、くるっとひっくり返されたと思ったら背中をちょっと強めに叩かれる。目の前がちかちかして、うう、効くなあ。

「神木さん、しってたの…」
「知ってたも何も、朝の会で先生も言ってるし正面玄関にあれだけ大きく『祝!全中出場 篤城実里』だなんてバーンと張り出されてたら、クラスメイトとしては知らずにいらでかって話よ!」
「そお…」
「そうよ!」

そっ、そっかあ。ううんそれでもクラスメイトとしてはって言う言い方は疑問だなあ。先生の話を聞いてない人なんてそれこそ山程だし、幕は…そもそも、幕なんて架かってたんだ…気が付いてなかった…ううっ、申し訳ないなあ。特に知らされてた訳じゃないし、私自身周囲のことに敏感な訳じゃないから本当に気が付かなかったよ。神木さんは、マネージャーなだけあってやっぱり色んなことに目敏いね…。すごいなあ尊敬するなあ。

「まあつまりそういうことで、実里んが練習したいって言ったって反対する人なんてほっとんどいないと私は思うわ」
「そうかな…」
「そうだよ。器具を使う練習は流石に出来ないだろうけど…ま、そこはちょっと我慢して暫くは筋トレメインの内容にするとかねっ」
「……ほんとにいいのかなあ」

私、私…こんなときに、練習なんて…一人だけ…。
ううん、良いのかなじゃない。ほんとは良くない、良くないんだけど……

「まーたそんな事言っ、…」

良くないんだけど……う、嬉しい…なあ!練習してもいいよって、誰かに胸を張って言ってもらえることが、どれだけ嬉しいことか。これからしばらく、いやもしかしたらずうっと練習なんて出来ないかもしれないって思ってたから…えへへ。ちょっとした興奮でほっぺが熱くなって、練習を思って掌に汗が滲む。

「……うふふ。よし、そうと決まったら実里ん、小波君に言いに行こう」
「小波君に…?」
「そっ!今ここを纏めてるの、実質小波君だし。流石に何も言わないで抜けるって言うのはどうかなって思うから」
「そ…、そうだね!」

小波君がここをまとめてるってことは私も何となく実感として感じてはいたけれど、そんな風に、報告しないとなんて考えもしなかったな…よく考えてみれば、私も練習中にトイレに行くときには先生に許可貰わなきゃいけなかったもん。そうだよね、団体行動してる限りそういうことはきちんとしないと。はあ…駄目だなあ、私…。





小波君に話してみた結果、前日の役割分担のことも鑑みて、夜中の見張りを兼ねてなら…という条件に落ち着いた。

小波君自身は「練習?あ、そっか。もちろん好きにするといいよ!」と言ってはくれていたのだけれど、一人だけの特例をおおっぴらに認めるというのは集団行動を前提とした生活の中ではあまりいい結果を生まないのだと堤さんが提案したのだ。

「それに対価がないと本人も落ち着かないでしょうし。ねえ篤城さん」
「あ…うん…まあ…」

ほ、ほおお…。確かになんか申し訳ないとは思ってたけど…そっかあ、見張りも兼ねて、トレーニングすれば確かに自分のしたいことをそのままみんなの役に立てることもできるし…なるほど…。
堤さんも神木さんも、なんというか、方向は違うけど周囲に対しての配慮思慮が出来てるよね。るりかちゃん小波君は言わずもがなだし、私の周りの人ってみんなすごいな……ほあー…

「どうにもはっきりしませんね。まあ良いでしょう、それでいいですか?小波くん」
「まあ…本人がいいならそれでいいんじゃないか?」
「ではそういうことで。……全く、たまたま僕が爆弾を渡しに来ていたからよかったものの…」
「ちょ、ちょっと堤くーん?」

以上解散、になりかけた所で声を出したのは神木さんだ。

「ちょっと棘々しいかな?実里んは別に何にも考えないで練習したいって言ったわけじゃなくってさあー、」
「ああいえ、僕は分かってますよ。しかし、『分かってない』人間がどのように感じるかまでは配慮していないでしょう?」
「……皆優しいから、そんな心配いらないと私は思うけどなあ」
「こんな状況です、必要最低限出来ることはしておきたいですから。それでは僕は失礼しますよ。小波君も、帰ってきた時ぐらいはゆっくり体を休めてください。皆のことが気になって見回りたいのはわかりますが、それが負担になるようでは本末転倒ですから」
「ん?ああ…わかってるよ。ありがとな」
「では。」

………たはー!
堤さんが去った後、神木さんが大きく息をついた。がっくりと肩を垂らし、深呼吸を数回繰り返したあと腕をぐるぐると回してストレッチの体勢だ。んん…なんだか申し訳ない。堤さんと神木さんの言ってる内容が明らかに自分に関係ある内容だろうにも関わらず何も理解できてない辺りとっても申し訳ない。よくわかってないから何も言えないこともまた申し訳なくて…おろおろ…。

「いやあ、堤君は相変わらずキレッキレだねえ」
「な、なんか…ごめんね…」
「いーや?堤君も堤君でみんなのこと考えてくれてるんだろうなって思うと私は嬉しいな!………さて!目出度く許可も下りたことだし!実里ん、そうと決まったら早く「見張り」に行かないとね!ちょうどあっちの方にちょうどいい広めのスペースがあってね!」
「わっ、わっ!」

ぐいぐいと神木さんに背中を押され、廊下をその「広めのスペース」の方へと歩んだ。
本当に優しい人なんだな…まあそうじゃなきゃマネージャーなんてできないか。


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