ふと気がつけば私は荷物を抱えたまま、とぼとぼと夜の街を歩いていた。あれから一体どれくらい歩いたか。恐らく距離はそう歩いていないのだろう、裸足で外を歩くなんて、足を痛めたり傷付けたら大変だから今まで考えたことも無かった。し、だから今でも結構恐る恐る探りながらでしか歩けていないのだ。ガラスでも踏んだら、こんな剥き出しの地面で足首を捻ってしまったら、何かの拍子に足の甲に物が落ちてきたりはしないか、考えるだけでもゾッとする。

「……。…先生…。」

しかし時間の感覚がまるでない。こうして暗い夜道をひたりひたりと歩いていると、どうしても嫌なことばかりを考えてしまって、こんな放心状態でよくだれにも見つからなかったものだ。

これから練習、どうなるのかな。
いや、もしかしたら練習だけじゃない、試合に出られるかもわかったものじゃない。試合の事務手続きは終わってるにしろ、このままじゃ出場出来ないで終わってしまう。いやいや、もしかしたら大会そのものが無くなってしまっていてもおかしくない。離れた県の、小学生の頃から顔を合わせるために不思議と馴染みになってしまった何人かの顔を思い出す。もしかしたら全国でこんなことが起きてるのかな。そうだとしたら、大会なんてやってる場合じゃないから、やっぱり試合は中止になるのだろう。

夏の試合に出られない…はあ。

「……考えもつかないや。」

ひたり、ひたり。
考えもつかないといえば、わたし、これからどこに行けば良いんだろう。どこに行けば安全なんだろう。
先生は家庭訪問先でハタを立てられたと言っていて…つまりそれは家ですら危険だと言うことだ。
もう家には帰れない。これからどうすれば良いんだろう。

「これから……どうなっちゃうのかな……。」

「……篤城?」
「!」

どこからか伺うような声を聞いてぎょっとしたと同時に、近くの茂みからにゅっと腕が伸びて足を捕まれた。
脳裏を先生の黄色いハタが頭を閃いて咄嗟に振り払った瞬間に、「ごめん!驚かせるつもりは無かったんだ!」とその茂みから声の主が姿を表す。

「無事で本当に良かった。篤城、だよな。覚えてるかな、ほら、同じクラスの…」
「……小波、君?」
「そう、俺だよ!取り合えずこっちに来て、そこじゃすぐ見つかっちゃうし」
「あ、ごめん…」

こっちこっち、と小波君が手招きをした茂みにしゃがみ込む。

「篤城も、ハタを立てた人達から逃げてきたの?」
「うん…」
「そっか、いや、無事で良かった。篤城はあのハタのことについて、どこまで知ってる?」
「…あれを立てられるとなんだか行動がおかしくなっちゃって、それから他の人にも立てたくなるってぐらい、かな」
「…そっか。……なあ篤城、今起きてることが宇宙人の仕業だって言ったら、…信用してくれるか?」
「……。」

宇宙人?

「……まあ、普通そういう反応になるよな」

私が微かに眉根を寄せたのをみた小波君が困った様に笑った。あっ…。もしかして、なにか誤解されてる、かも。

「ち、ちがうよ?信じないとかそう言うことじゃなくてね。ちょっと驚いただけで…」

小波君がそう言うってことは私の知らない証拠がいくらかあるんだろうから、根っから否定なんてするなんてとんでもない。ないとは思ってるけど…ただ、宇宙人という発想そのものが結構突飛だったから、軽く面食らってしまったの。

「まあ…俺も話をちゃんと聞くまでは信じられなかったしね」

それから、小波君から色々な話を聞いた。

宇宙人について専門で研究してきていたという唐沢という教授のこと、
彼と彼の友人山田君が襲われたときのこと、
ようこ先生ももうハタを立てられてしまったこと、
彼等の拠点に廃ビルを利用しているのだということ、
るりかちゃんともうひとり平山君という同級生が既にそこにいること、
どうやらこの侵略はパライソタウンに限ったものであること、
それからハタそのものについての色々な情報…。
ハタはみんなの異常の根元にして、同時に弱点でもあるらしい。壊そうとしたら泡を拭かれ、抜こうとしても結構深いところまで繋がっていたみたいで、その上ハタそのものが生きているらしいのだけど、水をかけると宿主の人間ごと気を失ってしまうんだとか。

そっか、だから先生は霧吹きを投げつけただけで…。


「…良かったらさ、篤城も一緒に来ない?大勢でいた方が心強いし、一人じゃすぐに捕まっちゃうだろうし。」


一番最後に言ってくれたその言葉を、わざわざ拒むほどの理由はどこにもない。
これからどうすればいいか。その言葉の目先の目標だけは一先ず明確になったことに、私は安堵で息をついた。





「とりあえず、篤城さんはその格好をどうにかしましょう。」
「はあ」
「はあ、じゃなくて!あなたは自分の格好を自覚するべきです!」

到着早々るりかちゃんにそう詰め寄られ、つられて自分の格好に目を落とす。
練習用のレオタードとスパッツを着て、その上からジャージの上着だけを適当に羽織っただけの、まさに着のみ着のままと言った感じだ。思い当たる節はいくつもあった。

「そういえば、確かに…このままだと足が危ないね。石でも踏んで傷をつけたら大変」
「確かにそこも問題ですが、そうじゃなくて…」
「それに練習の後にそのまま来たから、全身タンマで真っ白。ごめんね、あとで何か濡らして体を拭いてくるから…」
「ですから、……もう!小波も何か言ってください!」
「ええっ、俺が!?」
「あなたが案内したんですから、あなたにも責任の一端はあります。事情があったとは言え、女の子を、こんな格好のまま出歩かせるのに抵抗はなかったんですか」

いきなり話題を振られた小波君がわたわたとあわてふためいて、「いやべつに俺は」とか「そもそもそんなこと気にしてる余裕は」となにか弁明がましく呟いている。ううん…私はそんなに嫌がられるような恰好をしてるのかな。自分だとよくわからないし、普通に練習の恰好そのままだったんだけど…

「こんな格好…?」
「だから、その…露出が多すぎる、って言ってるんです!」
「確かに、今の篤城さんはイヤーンでアハーンな格好でやんす。実はおいらもさっきから目のやり場に困ってたんでやんすよ、ねえ小波君」
「こっ…こら!メガネ!」
「露出…ああ、なるほど」

ようやく得心が行った。レオタードの事ね。
確かに水着で出歩いているようなものだから、見慣れない人から見たら不可思議な格好なのかもしれない。一応あの薄地でいるのは恥ずかしかったから、ここに来るとき、羽織るだけだったジャージの前はぴっちり閉めたけど…え?なに、それが余計によくないって?でもスパッツ穿いてるし…

「慣れたら平気だよ」
「もう!小波、次にモールに言ったときは何か彼女の着るものも取ってきましょう。靴も、いまここにはないですし…あそこならなにかしら手にはいる筈ですから」
「そ、そうだな。それがいい」
「篤城さんは随分と小柄ですから、服もそれなりのものを選ばなければ行けませんね…」
「な、なんかごめんね…。でも大丈夫だよ、そこまでしなくても」
「いいえ、よくありませんし大丈夫でもありません!」

「おいおい、なんの騒ぎだ?…って、うわ!篤城!お前、なんて恰好してるんだ!」

あし!あしがみえるぞ!と叫びながら男子が一人入ってくる。小波君、るりかちゃん、落田君ときて、ということはこの人がきっとおそらく平山さんだろう。

「…平山さん、私の名前、知ってたんだ」
「え?いや、当たり前じゃないか。クラスメイトなんだからさあ」

……そうかなあ。こういうことを自称でいうのはどうなんだろうと自分でも思うけれど、私にはいわゆる友達付き合いをする相手がいない。「一言話せば友達さ!」っていう人から見たら違うのかもしれないけれど…器械体操の練習があるために誰かと遊びに行くこともなければ年間行事もことごとく休んでいれば当たり前の話だ。私自身、クラスメイトでも名前を知らない人が結構いる。というか顔と名前が一致している人なんて、両手の指があれば十分数え切れてしまうぐらいだ。あまり社交的なほうでもないし…こっちがそのくらいなのだ、友人関係に割と興味の薄い人は、普通に知らないんじゃないかな。
と、思うと同時にちょっとした、ほんとうにちょっとした罪悪感が心をよぎる。私は平山君のことを、覚えてたっていうよりは消去法で導き出したって感じなんだけど、彼はポンと私の名前を呼んでくれた。

「あと、その平山さんって言うの。さんとかやめてくれよ、なんかむず痒くってさ」
「あ…えと…じゃあ、平山君…でいいかな?」

…平山君って社交的な人なんだね…

…はあ。

「……まあ、篤城の話はひとまず置いておくとして。皆、少し休憩しないか?」

…リーダーシップ、っていうのかな。

やっぱり小波君は、周りの空気を読むのが上手い。
しかも押し付けがましい訳じゃないから、普段からクラスの中心人物として皆に信頼されてるみたい。今がまさにそうだ。会話が微妙に途切れた時に、自然に次の行動の指揮を取っている。

「そうですね。今日ももう遅いですし、見張りを立てて交代で休憩を取りましょう」
「…遅い?」
「ええ。もう朝の二時、いい加減に寝ないと明日以降に響いてしまいますから」
「…。」

…あ、朝の二時……!
私が体育館を飛び出してから、そんなに時間が経ってたんだ!目が冴え冴えしていて、そんなこと全然気が付かなかった。

「あ、じゃあ俺が見張りを…」
「小波はずっと歩き回ってただろ。俺が行くから寝とけって、こんなときに体調崩されちゃたまんないだろ
「でも、平山一人じゃ平山の負担が…」

あっ、

「あっ、の…小波君」
「うん?」
「私もやるよ。目が冴えて、暫くは眠れそうにないし…今日は練習が途中で終わっちゃったから、あんまり疲れてないの」

事実、大して疲れてもないのに休むのは気が引けてしまうし、今から横になっても大して眠れ無いと思うの。何をして何を考えてどんなときでも、脳裏をかすめる不安が打ち消せない。
それぐらいなら、見張りにでも役に立った方が有益って奴じゃない…かな…って、思うんだけど。

「……そっか。じゃあ、平山と篤城、後は二人に任せても良いかな。」

私の提案が最後の一押しになったみたいで、小波君が大人しく休憩の体勢に入る。

「いいか、二人とも。無理に戦おうとはしないで、危なくなったら、いや危なくなりそうだったら直ぐに逃げるんだぞ」




そう幾度も念押ししてもらった数時間後。とうとう誰とも会わぬまま、人気の一つもない廃ビルで私は白みはじめた明けの空をただ眺めていた。

夜が明ける。


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