1

「どうした康太、そんなにソワソワして。」
「と、父さん!」
「それは健碁君への就職祝いのタイピンじゃないか。そんなに握り締めたらグシャグシャになってしまうぞ?」
「わ、分かってるよ……」
「康太は本当に健碁君が好きなんだな。」
「父さん、変な言い方は止めてよ!!」

その日は僕の父さんの交際相手の息子さん。僕よりも二歳年上で、おばさん…母さんになる人にそっくりの、優しい健碁兄さんへの贈り物を買った、何時もよりも少し特別で気恥ずかしい何でもない日だった。
そうなるはずだった。

あの悪夢の日から4年。
僕は健碁兄さんと同じ警察官になった。あの時のタイピンは今、僕のネクタイをシャツに止めてくれている。健碁兄さんはあの日を、あの事故を境に変わった。優しかった眼は獲物を狩る猛獣の如く吊り上がり、AIを信用せず、道具として使役した。それでも、兄さんは兄さんだった。
「月島、また無理をしているようだな。」
「……道順さん、お疲れ様です。」
1人で会議室を占領して押収映像を見ていたら、健碁兄さんがやって来た。押収物品である違法ポルノを視界に入れて顔を顰める。
「いくつあるんだ?」
「押収したディスクは218枚です。今は149枚の確認を終えました。」
「1人でやっているのか。」
はい。と、応えると、健碁兄さんは更に眉間に皺を寄せた。
「これこそAIの仕事だろう。」
「AIでのスクリーニングは終えています。この違法ポルノの被害者は36名、皆検挙された組の債権者でした。」
「なら良いだろう。」
「それでも、目視での確認が求められているので仕方ないです。」
画面上の淫らな遊戯を見詰める。
「夜の予定には間に合うんだろうな。」
「大丈夫ですよ。これのノルマは来週なので、余裕です。」
「なら良い。」
そう言うと、缶コーヒーを置いて健碁兄さんは会議室を出て行った。汗のかいたそれを手に、僕はやっぱり健碁兄さんが好きなんだな。と、思った。

「邪魔をする。」
「どうぞ、狭いですが適当に寛いで下さい。」
寛ぐと言ってもさもしい単身者用アパートは簡素な台所とシングルベッドに申し訳程度のラグとテーブルしか無い。靴を脱いで貰って上がった健碁兄さんは少し迷ってラグに腰を落ち着けた。縮こまって座る姿が格好良い健碁兄さんには似合わない可愛さで、ベッドでも構わないのに。と、添えると、また少し迷って今度はベッドに腰を据えた。
「赤ワインだから、カナッペにしましたけど、良いんですかね?」
「別に構わない、俺も特別詳しいわけでは無いからな。」
そう前置いて健碁兄さんは紙袋から重厚感のあるラベルが貼られた瓶を取り出す。何のワインかは分からないが、産まれ年が印字されていた。
「澱があるかもしれないから、注ぐのは俺がやろう。」
持ち込まれたナイフで口を切り、栓を抜く。淀みない手際の良さに視線を奪われていたらグラスを渡される。恐る恐る回してみると、紅玉が飴色を帯び、ふわりとラズベリーのような酸っぱい香りが立ち上がる。鼻を近付けてよく嗅ぐと、コーヒーのような香ばしくもある。健碁兄さんはただ僕の様子を窺っているだけで、口を付けようとしない。意を決して一口飲むと、舌を焼くような感覚が襲う。渋みが舌を刺し、少し眉が寄るがその奥から奥深い山の中のベリー畑に訪れたような華やかな酸味と甘味に目が丸くなる。もう一口含むと、ベリー畑の傍らの家から子供が出て来て、バタークッキーを手にそれを美味しそうに頬張る情景が浮かび上がる。これが本当にただの酒なのか、何か変な薬でも入っているのでは無いかと疑いそうになってしまう。
「悪くないみたいだな。」
「道順さん……これがワインなんですか…?」
驚く僕を尻目に健碁兄さんはワインを揺らして光にかざす。そして香りを確認してから一口含んで、満足げに頷く。その様子から健碁兄さんはこのワインを今日初めて飲んだことが分かる。何となく、お互いに初めてを経験できたことが嬉しい。三口目のワインは、より甘さが増した。

体が熱い。
指先が少しピリピリして、心臓がドクドクする。真正面に座る健碁兄さんが少し眩しくて、ぼやけて見える。
「月島?酔ってきたみたいだな。もう止めた方が良い。」
そう言って僕からグラスを取り上げようとして来て、慌てて残りを飲み下すと、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして見下ろしていた。
「僕はもう二十歳なんれすから、だいじょうぶれす。」
「呂律が回っていないだろう……過ぎないことが大人の対応だ。」
そう言う健碁兄さんは涼しげで、全く酔っているように見えない。折角二十歳のお祝いなのに、大人になったお祝いなのに、子供扱いされたことが悔しくて、僕はテーブルの上に乗り上げると、驚いて硬直する健碁兄さんの上に跨がった。倒れたグラスや瓶から、ワインが零れ、テーブルから滴り、ラグへと落ちていく。
「月島っ!」
押し退けようと健碁兄さんは胸を押してくるのに、僕の体が後ろにぐらりと倒れたら、慌てて背中に押してくるのと逆の腕で支えてくる。大きくぐわりと揺れる視界に脳が揺さぶられる。優しいんだ。僕はそれを利用して、伸び上がって健碁兄さんの唇に自分のを重ねた。ただ重なって潰れるだけの感触なのに、首筋がビリビリとする。互いの顔が見える位置まで離れると、信じられない物を見る目で健碁兄さんは僕を見詰める。途端、自分の仕出かしたことの重大さを思い知り、眼から涙が溢れてきた。涙を流すなんて何時ぶりだろうか。母さんの葬儀以来だったろうか。久し振りの涙が二十歳の祝いの日だなんて、何て情けないのだろう。嗚咽が漏れるでも無く、ただ眼から塩水を垂れ流す僕に、健碁兄さんは何か呟くと、手を伸ばし、肩を捕まえると、一気に引き倒してきた。
何が起こったのか分からずに目を白黒させていると、健碁兄さんの顔が近付いてきて、口に噛み付いてきた。
「!?んん、んんんっ!!」
驚きの余り開いた隙間から柔らかくて濡れた物が口内に入り込んでくる。それが舌だと分かったのは、仕事で観た違法ポルノのお陰だった。歯の裏を舐め、口蓋を擽るように撫でたかと思えば、僕の舌に擦り付け、互いの味を確かめるように絡み付ける。同じワインを呑んでいたはずなのに、健碁兄さんのそれは、ひどく甘くて、まるで麻薬のように僕の脳味噌を融かす。もっと欲しくて背中に腕を回したら、逆に舌と一緒に吸い上げられた。余りの気持ち良さに腰が跳ねてしまった。口内を舐められる行為でこんな反応をするなんて、僕は可笑しいに違いない。
ちゅぽっ。と、音を立てて舌が解放される。キスで乱れだ呼吸を整えたくて深呼吸をしていたら、ワイシャツを脱がされる。
「……インナーぐらい着たらどうだ?」
少し呆れた声で健碁兄さんは僕に言って来るけど、答える余裕なんて無い。健碁兄さんも答えを端から期待していたわけでは無いらしく、上下する胸にも顔を寄せて、乳首をベロリと舐めた。
「ひあっ!?な、なに??」
突然走った電撃に驚いて身を起こそうとするけど、ちゅるりと乳輪ごと吸われて力が抜ける。反対側は指で根元から扱くように触られ、次第に芯が通って硬くなる。寒さで硬くなることがあったが、こんな感覚は初めてだ。片方は歯を、もう片方は爪を立てながら引っ張られると背中が浮く。痛いだけでは無く、その中には全身に広がる甘さが合った。腹の奥が重くなるような、腐り落ちる前の果実のような甘さだ。
「はあっ……あ…あ…いたぃ、よぉ……!ひんっ!!」
ギチリと食い込む痛みに泣き言を漏らせば、空いた手が股間を撫でる。温度を持たない硬い指が何かを形取るように動く。
「起っているな。」
言い当てられて、喉の奥がキュッと締まる。何も言えない僕に健碁兄さんは小さく笑うと、僕のスラックスと下着を纏めて引きずり下ろした。窮屈だったそれは突然の解放に飛び起きて、腹にバチンと音を立てて当たる。その頭を指で押さえるようにして垂直に立てて、それ越しに健碁兄さんが僕の顔を見る。その瞳は今まで見たことが無い、ギラギラとした輝きを放ち、奥には澱のような暗さがあった。
「ガチガチじゃないか、それに濡れている……」
「んあっ!さ、さわらないでぇ!!」
先走りの滲む先端を撫でながら、尖らせた舌で裏筋を舐め上げられる。初めて感じる感触に訳が分からなくなる。一頻り僕の幹を舐め堪能した健碁兄さんは頭に吸い付くと、そのまま根元まで飲み込んだ。ねっとりと潤った熱い口内に取り込まれ、死んでしまいそうになる。なのにかも関わらず、頭を上下させ、舌で口蓋に押し付けるように包み込み、ゴリゴリと頭を苛めてくる。強すぎる刺激に飛び出そうとする物を抑えられない。離れて欲しくて健吾兄さんの頭を押したのに、逆に頭をズゾゾゾっ!と、吸い上げられ、耐えきることが出来なかった。
「ーーーーっはあ、はあっ、めなさっあ、い……」
辛うじて謝れば、健碁兄さんは口をもごもごさせた後、左手に吐き出して右手で塊を摘まみ上げる。
「まるでグミだな。溜めすぎだぞ?」
「や、止めてくらさい……!」
何故か楽しそうに僕の吐き出した物を見せびらかす健碁兄さんに、恥ずかしさでもっと死にたくなる。そんな僕の様子が良いのか、更に健碁兄さんは笑みを濃くする。
「これぐらいで根をあげるな。まだまだ先は長いぞ?」
そう言うと、健碁兄さんは僕の両脚を押し広げ、左手のソレを僕の有り得ない場所に塗り付けた。突然の刺激に肛門が締まる。
「!!??な、なに?なにすりゅの!??」
「良い子だから大人しく深呼吸していろ。」
と、何かが肛門に挿し込まれる。無理矢理広げられた縁が痛みからか熱を持つ。何が起こったのか分からなくてそこを見遣れば、健碁兄さんの中指が僕の肛門に突き刺さっていた。有り得ない光景に、意識が遠のきそうになる。しかし、健碁兄さんはそれを許さない。
「なんへ…?なんでぇ……?」
ズルズルと中を往き来する感触に怖気が立つ。怯える僕を無視して指を増やして肛門を広げるように指が開かれる。有り得ない場所に空気の流れを感じて血の気が引く。流石にこの後何をされるか理解をするが、信じたくない余り体が動かない。清廉な健碁兄さんがそんなことをするはずが無い。僕が女なら兎も角、男なんだ。有り得るはずが無い。そんな僕の思考を嘲笑うかのように、健碁兄さんは僕から指を引き抜くと、自身のスラックスに手を掛けた。
「……ひぃっ!!」
確かに、健碁兄さんは僕よりも背が高く、体格も良い。それでも、だ。僕のよりも太く、頭二つほど長いそれが僕のに重ねられ擦り付けられる。これからの展開を考えると、とてもじゃないが、入る気がしない。怯える僕を見下ろしながら、健碁兄さんは自身に僕の滑りを纏わせると、腰を掴んで狙いを定めてきた。グッと、熱の塊が沈み込んでくる。
「うああああーーーー!!!あつい、あつい!!!」
身も世も無く声を上げる僕を尻目に、健碁兄さんは僕を串刺しにする。痛いとか気持ち悪いとかよりも拡げられる熱さに、ただ声が溢れる。健碁兄さんの動きが止まる時、僕の尻に腰が擦り付けられて全てを飲み込まされたことを悟った。短く息を吐き出しながら腹を見ると、一部だけ変に膨らんでいる。恐る恐るそこに手を遣ると、中の肉棒が揺れた。こんな所まで犯されているという事実を叩き付けられ、恐怖心が募る。このまま引かれたら、内臓ごと持って行かれるのでは無いか?そんな想像に体が縮み上がり、連動して中を締め付ける。
「んっ…催促か?もう少し馴染むのを待て。」
ぐりぐりと腰を押し付けながら回されて、纏わり付いている腸が腹の中で動き回る。内臓を好き勝手に玩ばれる感覚に吐き気がする。止めて欲しくて怖くて健碁兄さんに手を伸ばせば背中に誘導され、顔が近くなる。額は滲んだ汗で髪が張り付き、目元は赤く潤んでいる。ハッハッと短い吐息はまるで酔っているみたいだ。縋り付いた手が乱れのないシャツを握ると、健碁兄さんはゆっくりと腰を引く。小さく声を吐き出す僕を見つめ、頭を残した辺りで留まり、小刻みにその周辺を突き出した。
「あ、あ、う、あ、は、あ、っああーー!!」
「っ…!ここか…」
突かれる衝撃のままに声を上げていたら突然の電撃に悲鳴が上がる。ゴリュッと、突かれた場所から発した電撃で全身が痺れたようにブルブルと震える。なのに、健碁兄さんはその他よりも硬くてコリコリする場所を先端で穿ち始める。暴れ回る電流が快楽なのだと解ったのは、自身が硬くそそり起ち、透明な汁を垂らしていたからだ。
「ちゃんと気持ち良くなれているな。」
偉いぞ。と、左手で捏ね回されて悲鳴が迸る。満足そうな顔で今度は腰の抜き挿しと扱く手の動きを合わせて責め立てる。根元まで入れられたら手を下に、頭まで抜かれたら手を上に絞り上げられ、前後からの快楽に背中が反る。逃れたくて腰を捻るが、より擦り付けるような形になって快感が溢れる。再び吐き出したい欲求が高まり、中の健碁兄さんを締め付ける。その刺激に呼応するように太さを増してビクビクと跳ねる。健碁兄さんも出したがってると知り、頭が沸騰する。
「だしたいの?健碁兄さんらしたいの?」
「!ああっ…康太の中に出したいっ……」
康太の奥に種付けしたい。
ねっとりとした艶の含まれた声で懇願するように囁かれ、胸がギュッと締め付けられるようになる。何故かキスをしたくなって背中の腕を首に回して健碁兄さんの唇に齧り付く。健碁兄さんは嫌がること無く口を開いて僕の舌を吸い上げ、甘噛みをする。巻き取られた舌が押し戻され、また口内を舐め尽くされる。キスに酔う僕に健碁兄さんは猛然と腰を振り出し、僕で扱き始める。余りの激しさに外れる唇を咎めるように頭を押さえ付けられまた唇を重ねられる。悲鳴までもが健碁兄さんに食べられてしまう。
腸壁を削り取らんばかりの抜き挿しが奥への重い一撃止まり、熱が弾ける。ビュクビュクと浴びせ掛けられる熱に触発されるように、僕も熱を弾けさせる。行き場の無い僕の白濁は虚しく腹に散り、汗と混ざること無くその場で留まる。酔いと、二度の射精で落ちていく意識の中、健碁兄さんが髪を梳いていてくれた。

腹を襲った突然の痛みに飛び起きてトイレに駆け込む。それは腹を下したのでは無く、別の要因で引き起こされた腹痛だった。二日酔いらしい痛む頭を押さえてテーブルにへたり込むと、尻が冷たい。ラグが無い。グラスも瓶も無い。健碁兄さんもいなくなっている。自身は昨日着ていた服を着ている。痛くて重い頭と腰に、昨夜のことを思い出す。やらかしたし、何故こうなったのか。子供扱いされた事への意趣返しが思わぬ方に転がった。メール着信を知らせるランプが点滅した端末を開くと、健碁兄さんから一件。
「ラグはワインが零れていたから俺がクリーニングに出す。後日届ける。」
と、昨夜のことには一言も触れていない。
互いに一夜の過ちとして忘れた方が良いのだろう。分かっているのに、僕は何故か、それが悲しくてしょうが無かった。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -