2019年 バレンタイン
「斎藤君、これあげる!」
そう言われて押し付けられたのは、一口チョコだった。
旧正月や節分などがある2月、だけど女子に人気なのはバレンタインデー。特別興味などは無いが、その日が近付くにつれて街全体が浮き足立つ感覚はどうも好きになれなかった。
掌の中で一粒、かじかんだ掌の上で転がしながらまじまじ見る。所謂「義理チョコ」。スーパーに並んでいるお徳用を見たことがある、セロハンで包まれたそれは少し粉っぽい味だったと思う。
一日たった金曜日、遊作が泊まりに来た。最近何かと立て込んでいる遊作だが、たまに週末にやって来て夕食を食べ、何というわけでは無く泊まっていく。何も言わない遊作に、斎藤は特別何かを語ることは無かった。
夕飯も風呂も終え、課題をするでもデッキを調整するでも無くめいめいにゆったりと過ごす。エアコンからの暖かな風の音だけが唯一の音だった。
「…………こほっ」
「どうした遊作? 風邪か?」
「いや、少し喉が……」
そう言って遊作は喉をさするように手をやり、何度か咳き込む。エアコンのせいで乾燥してしまったのであろう。斎藤は慌てて立ち上がるとタオルを濡らしてカーテンレールに掛ける。
「ワルい、普段あんまエアコンかけなくてさ。何か温かい飲み物作るわ。」
台所に向かう足をはた、と止め、制服のポケットを漁る。そのままだったチョコレートを掴み、台所に立つ。二つのマグカップに牛乳を入れてレンジで温める。片方にはチョコレートを入れ、両方に蜂蜜を一匙たらり。チョコレート入りを入念に混ぜてから使ったスプーンを蜂蜜のみの方にさす。自分の分は飲みながら混ぜれば良い。
「ほら、暖まるぞ。蜂蜜も入ってるから喉に良いはずだ。」
「すまない。」
遊作は斎藤から差し出されたマグカップを受け取り、香りを嗅いで目を丸くする。そして、その視線を斎藤へと投げると、少し居心地の悪そうな斎藤がマグカップをグルグルとかき混ぜている。
「いや、昨日チョコレート貰ってさ。俺食べないから。」
「そうか。」
遊作はその一言だけでマグカップに口を付ける。温かな牛乳に蜂蜜の甘さ、そして香る程度のチョコレート。ゆっくりと飲み下すと体の中から暖まる。
「ありがとう。」
斎藤は無言で自分のマグカップを啜った。