「おや…これは珍しいですね」
「何の用、光秀」


ふらりふらりと覚束ない足取りで歩いてきた光秀の声に気付いた濃姫は厳しい視線で男の瞳を射抜く。おお怖い、少しおどけた光秀の態度には戦の様な狂乱じみた高ぶりは感じなかったので濃姫も直ぐにその警戒を解いた。ただ強気な態度はそのままで、そんな相変わらずの彼女へ心底楽しいといった歪な笑顔を向けた。
他国への遠征の関係で久しく顔を合わせずにいただけに、自分に向けられた過剰な警戒心を心地良いと感じる光秀であったが、彼女はそんな変質な自分よりも傍に敷かれた布団で横たわる大小ふたつの膨らみにふぅ、と息をついた。

大小のうち小の山がもぞぞと動いて顔を見せる。額で括られた前髪が動いているものの、本人は実に深い眠りに落ちているようだった。自分が普段犬猿としている年端もいかぬ子供。信長が大層愛でている小姓の存在。


「…無防備過ぎる。喉に刃を突き立てたとしても、気付きはしないでしょうね」
「光秀!」
「冗談も通じないとは残念です」


濃姫の声で再びもぞっと布団が動き出した。そして中から小さな生き物が顔を出して、無邪気な声でウキ、と鳴いた。あまりの珍客に滅多に動ぜぬ光秀もおや、と首を傾げざるを得なかった。
蘭丸と共に布団にくるまり寝息を立てていたのは前田家の一癖も二癖も、多分三癖以上はあると思われる甥だった。自分の居ない間に織田へ溶け込んだ自然体な男。濃姫が少々困り果てる素振りを見せたのも、この奇天烈な男のせいだということも頷けた。


「織田の居心地に味をしめてしまったようなの」
「信長公が黙っていないでしょう」
「それが…黙っていらっしゃるの…」
「…意外ですねえ」


無言の信長を思い浮かべた光秀の背筋がどことなくぶるりと震え、意外ともいえる慶次の脅威を噛み締める。自分が城をほんの数日空けただけですっかり丸めこまれた織田を、さぞ愉快だと嘲笑いたいところだったが、心理はそれを簡単には許してくれそうにもなかった。今の心境は単純なものだ。気に入っていた玩具を寝取られた子供とまるで同じ。そんな人間臭い衝動はあまりにも久し振りだった。


「彼が起きた後がとても楽しみです。ねえ、帰蝶」
「…、上様に迷惑を掛けないのなら好きになさい」


ああ楽しみ楽しみ、と呟き続ける光秀を止める気も失せた濃姫は何度目になるか分からない溜め息を深くついた。暫くして、楽しそうに口角を上げる光秀の右手にたっぷりと墨のついた筆が握られていたので粗方何をやったのか見当はつく。目を覚ました二人のそれぞれの反応を予想して、濃姫は再び頭を抱えなければならなかった。



ひまをつぶす




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