「一緒に帰りたい、です」


斜め掛けスポーツバッグの肩掛け部分をぎゅっと握り締めて、ガチガチに緊張した顔で見つめてくる。放課後で人も疎らになっているとはいえ、教室や廊下には固まって雑談中な連中がいくつもある。そんな最上級生のフロアに最下級生が一人でやってくるなんて些か勇気を要したと思う。そんな後輩を、やはり可愛いと思ってしまうのは、


「惚れた弱みよ」
「元就その心を読みまくる癖やめろ」
「惚れた弱みよ!」
「人の話を聞けコラ!」


俺と慶次を交互に見つめる元就の表情が心底鬱陶しいと思った。俺が手に持っていた箒を奪い取ると、掃除は我が代わってやろう但しパフェ3つが条件よ、と耳打ちされる。勝手なお節介に、ああそうだな、とことん奢ってやるよお前が腹壊すまで食わしてやらぁ、と秘めた逆襲を胸に、戸惑い気味の慶次と改めて向き合った。


「此処だと居心地悪ぃだろ、下駄箱で待ってな」
「は、い」


大きく縦に頷いて3年のフロアをぱたぱたと走る後ろ姿を見届けてから、教室内に置いてあるスクールバッグを持って自分も廊下に出た。その際に視界に入った元就の顔があまりにも憎たらしかったので明日会ったらど突いてやろうと思う。

下駄箱で校庭で活動する陸上部を見ながら待っていた慶次に声を掛けてやると、はにかんだような笑顔を向けてきた。畜生、畜生、と悶える気持ちが握り締めた拳に表れる。一人で悶えても仕方無いからとりあえず靴を履いて校門を出ようと促す。慶次もそんな俺の横に引っ付いてくれるから余計に嬉しかった。


「元親さん、部活出ないの?」
「あー…元々幽霊部員だしなぁ」


校庭で見つめていた陸上部のことを指していることはなんとなくわかった。俺は名前だけの陸上部員で、部活に出たこともこの3年間でも指だけで数えられてしまう程しか無かった。新年度にある新入部員との顔合わせだとか、その後のほんの数回。3年になってしまえば受験やら卒業やらで引退も近いし。
ただ走る事は昔から好きだから帰宅部の道も選ばず、わざわざ部活に入った。人と一緒に活動する事に苦手意識があるだけで、走った時に地から足が離れる感じは本当に気持ちがいい。


「俺、元親さんが走る姿、好きだから」
「お前それ何回言うんだ」
「照れてるの?」


顔を合わせる度に褒め千切ったように走りに対して瞳を輝かせる慶次は、俺の数少ない部活動の姿を教室の窓から見てくれていたと言う。でも急にぱたりと姿を見せなくなった俺が気になって、度々こうして勇気を持って教室に踏み込んだりして面識の無かった関係からいつの間にかこんな形になっていた。騒々しくて厄介だと煙たく感じていた頃が本当に懐かしいと思う。
今でも度々こうして部活へ促そうとするけれど、未だに動いた試しが無い。今更出るのも気だるかったし、何よりこうして共に帰宅する時間も減ってしまうし、どうにも前に踏み込めない。


「俺、本気だよ。元親さんのランニングフォーム、すっげぇ見たい」「ちょ、慶次」


ワイシャツの裾を掴んでクイクイと引っ張ってきた。少し怒ったような顔が、如何に本気で訴えてきているかもわかる。ああ、ああ、本当に健気だといつものように軽く他人事で済ましてしまいそうになった衝動を抑え込んだ。偉い、俺。
ムキになったような顔をするのもなんで今日はそんなに必死なのかも分からなかった。俺より少しだけ低いタッパだけど充分長身な慶次の頭をぐりぐりとかき混ぜてやると、納得はいかないけど明らかに嬉しかったような分かり易い顔をしてくれる。


「なんか食いに行こうぜ、さっきから腹が鳴ってんだ」
「元親さ、手、手が」


おお、熱い。裾を掴んでいた慶次の手はとても熱い。無理にでも引っ張っていって駅前で空腹を満腹で埋めてやろうじゃねぇの。逸る気持ちで駆け足になって、それは何時しか校庭のトラックを駆ける時と同じ浮遊感になった。なあ慶次、俺やっぱりこの疾走感が好きだわ。どうすっかな、出てみてやろうか、部活。



風になる




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