「ここ、違う」
「ん…あ、そっか」


向かい合って勉強をするなんて順平だけに限ると思っていたのに、どうやらそれは自分が勝手に決め付けていただけで、どうしてもっと広い視野で周りを把握していなかったのだろう。目の前の人間とは別段近しい訳でも無いと思う、のは自分だけかもしれない。端から見れば、友近や順平といった同じ輪の中の二人。
望月綾時とは、なんだか掴み難い不思議な間柄だった。知らない事が多すぎるにも関わらず今もこうして放課後の図書室で彼の勉強を見る自分の存在と。正直に話すと、彼から直に勉強を見てほしいと頼まれるまで、少々頭を使うのが苦手な類だとも分からなかったのだ。


「それ解いたら少し休もう」
「うん。頑張るね」


健気だ、と。あまりに自然とした流れで感じてしまった自身に少し疑問を抱きつつも、次回までに終えてくるようにと言われた化学の課題を順調に進めていく。
勉強を見る、と言っても、いつも泣きついて頼み込む順平とは大幅に違った。彼は根本を理解しているけれど、どうにも応用が利かないらしい。ただそれだけの話だから解らない部分を訊かれた時に正しい答えを返してあげればいいだけ。今も公式を応用した問題に難しそうな顔をしているけれど、ペンを持つ手は止まっていない。


「どうしたの?」
「えっ」


バチリと音がしそうな程、目が合った。優しげにニコリと笑いかけられたことで自分が彼をひたすらに見ていたのだと気付いた。頭が働き掛けた無意識で不可解な行動にまた疑問を抱く。左目にある泣き黒子は笑顔にとても似合っていた。
なんでもない、と反射的に顔を背けてしまう。本当に何も可笑しいことなんて無かった。彼が公式を間違えていた訳でも無い。でも一つだけ。とても綺麗な手をしていた。色の白い彼の手は透き通るような、実体かと疑ってしまいそうな。

そうしたら見透かされたように、ペンを弄んでいた自分の右手へ彼の左手が静かに重なった。それは、苦労の一つすら知らない産まれたままの手だ。


「君に、何かお礼をしたいな」
「……別に、大したことしてない」
「僕の気が済まないんだ」


僕のエゴを受け取って下さい、成瀬くん、と云われた。僕はそんな懇願にただ頷いて応えることしか道は無く。再び問題を解き進める望月の、重ねられたままの左手に違和感を覚えない自分に違和感を抱え込んでいた。

どうしてだか、以前はこの手を掴んでやることが出来なくて自分は酷く後悔した気がした。だから今度はちゃんと繋ぎ合わせてやろうと、ゆらりと炎のように燃えた義務感に駆り立てられるのだ。



メメント・モリの再来




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