「どういうことだ、元親」
「孫市!孫市じゃないか!孫市!」
「このからすが、ここに、いるなどと、私は、聞いて、いなかったぞ」


眉間の皺を深くして、大層お怒りの様子だと伺える。至るところに転がった盃、赤く火照った顔を隠そうともしない俺達、何よりも前田慶次の存在を良しとしないのか、雑賀一族現頭首の機嫌は急降下の一途を辿っていた。
仕方がなかったのだ。俺だって予期していない、突然の来訪だった。いや、来訪なんて可愛いもんじゃねぇ。悪く言えば、これは立派な密航行為だ。


「知らねぇうちに俺の船に入りやがって、そのままこっちに連れて来ちまったんだよ」
「今すぐ帰せ」
「いいじゃねぇか、お前本当こいつには手厳しいなぁ」
「厳粛であるべき貿易の場に、あるだけの酒を飲み散らかす男などいらない。お前こそ、このからすには甘いな」


雑賀と長曾我部の関係は、俺とサヤカ以前の代から続く古いものであったが、ここ最近は、酔い潰れでぐずぐずになっているこの慶次を介することが多い。今日という日も本来ならば、爆薬や銃器などといった軍事目的の類の、二ヵ国間での共有化を図るための話し合いが主旨のはずだった。
しかし何の因果か、突然の来訪者である慶次によってそれはほぼ企画倒れも同然になった。そしてこの通り、サヤカは苛立ちを隠せずにいるわ、慶次はありったけの酒を飲みサヤカの足元で潰れている。時折、鬱陶しいとサヤカが足蹴にしても、なかなか幸せそうな顔をしている。そしてどうしてだか、俺も無償に腹が立つ。


「色男に懐かれて、大変なこった。よかったじゃねぇか」
「…元親」
「あん?」
「お前、本気で言っているわけではないだろうな」
「…そりゃどういうことでぇ」


怪訝に思い訊き返せば、後頭部を平手で思い切り叩かれた。目の前に星が飛んだ気がした。
痛さと理不尽な暴力に咄嗟に、何すんだ!と叫んでいた。結構けたたましかった一連のやり取りだったが、未だ慶次に起きる気配は見られなかった。大層な神経の持ち主だと思う。

腕を組み、その豊満な胸を惜し気もなく全面に主張している。言っておくが、俺ぁこいつを色恋の目で見たことなんざ、一瞬ですらない。
だが足元で潰れたこいつはどうかな。景気がいい!景気がいい!と騒ぎ散らしていたからな。ちくしょう。


「こいつ、次はいつお前と会うのかと、やたらしつこく訊くからな」
「そりゃまた、熱心なことだ」
「…要は、口実でも作らねばお前と顔を合わせることも出来ないのだろう。まさか気付いていなかったとは言うなよ?」
「は…俺ぁてっきり、サヤカ目当てだと」
「ないな。それならばこいつは元親、お前に尋ねただろう」


孫市とはいつ会うのか、と。そんなこと、一度だって訊かれたことはなかったな、そういえば。
思い返せば、サヤカと顔を合わせる時に限って慶次は現れ、それ以外の時にはぷつりと音沙汰が無くなるのだ。身を隠すかのように、目を逸らすかのように。
そうして、またふらりと現れる。必ず、俺がサヤカを尋ねる前に、または尋ねて来る前に。


「大方、私とお前の間に、男女の柵があるなどと勘違いでもしているのだろう」
「……回りくどい奴だぜ本当」
「色男に懐かれて、大変なことだ。よかったな、元親」


先刻、俺が言った言葉をそのままおうむ返しに投げ掛けられ、苦くも甘い複雑な表情を向けることしかできなかった。


「お前も案外慶次のこと気に入ってるんじゃねぇの」
「さぁな」



三つ巴未満



神無月様リク「親慶+孫市」でした!

大変長らくお待たせいたしました!リクエストにお答えするまでに大分間が空いてしまって…!
なかなか思うように3人の関係性を表せなくて、とってももだもだしてしまいました。
結局、孫市と元親の間でちょっと右往左往してる慶ちゃんを二人が影で微笑ましくしてる(親慶ベース)で収まりましたが、いかがだったでしょうか…?

リクエストありがとうございました!





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