明かりの消えた薄暗い部屋の中。月の光がカーテン越しに部屋の中にさしていることもあって、完全な暗闇ではない。どちらにせよ私はヒトとは違い、闇の中でも視界の利く目を持っている。この部位を目、と形容していいのかわからないけれど。
僅かに、血の臭いがする。ヒトでいう嗅覚を司るものが、私の中にあるデータファイルの中に記録されている。徐々に赤く染まった手の感触も、あの時の苦しさに歪んだ貴方の顔も、全て記録してある。

目の前で安らかに眠る貴方の、あの時にとった行動を、私は今も理解出来そうにない。



11月の満月戦を一週間前に控えた中で、私達はタルタロスの中を探索、そして幾つかのフロアを解放しつつ上を目指していた。
相変わらず、シャドウはペルソナ使いに敏感だ。見つけるや否や目の色を変えたようにこちらと接触を計ろうとする。しかし私達もここまで上ってきたのだ。このフロアに居るシャドウと相対出来るくらいの力はもう既に持っている。そのお陰もあり、リーダーの彼を筆頭にして、いつもより早いペースで頂上を目指していた。


「ここからは散開して、階段を探します」
「シャドウは?」
「なるべく回避で」


口を揃えて了解、と返しそれぞれが散り散りになってフロアの探索を始める。今日だけで随分と上ってきたけれど、その顔には未だに疲れの色は窺えなかった。
私も、脚部に力を込めて走り出す。ざわざわとシャドウが沸き立つ気配も感じつつも、彼らに気付かれまいと身を潜めながら階段を探す。

次で最後、になるかもしれない。それは私も理解している。シャドウとの戦いに終止符が打たれ、影時間は終わり、ペルソナの存在意義は自ずと消滅する。里於さん達はこの半年間で奪われていた「普通の学生生活」を取り戻し、何の変哲もない、だけどそこには死の恐怖に怯えることのない平穏な日常が待っている。
私はその平穏を目指す為に生み出され、シャドウ掃討という命の元で稼働してきた。スリープ状態にあったとはいえ、10年という歳月をその目的の為に費やした。しかし今、その命も果たされようとしている。その時は着実に、目前まで迫っていた。

(それで、私は?)

ふと沸いた一つの“疑問”に動いていた足が止まる。今まで考えることも、意識することもなく、だけど終わりを直前にして今になり自分へ問い掛けてみると、答えの見つからないそれ。
私は…全てが終わった後の私は、どうするのだろう。何を目的にして行動したら良いのか。シャドウは、私の存在を示すたった一つの証明。それを消すとなると、それはきっと…


「アイギス!」
「里於さん」
「真田先輩が階段見つけた。行こう」
「すみません。私、気付かなくて」


瞬間、強い気配。闇に身を潜めたシャドウが狙うは、目の前の彼だ。


「下がって!」


彼の腕を引っ張り自分の後ろへ下げた。すかさず銃弾をシャドウの潜んでいるだろう場所へ目掛けて撃ち込み、敵との距離をあける。
闇から姿を現した相手は、強敵のシャドウ。しかも3体。上層からこの下層に群れを成して迷い込んできたのだろう。稀にこうしたイレギュラーが発生するとはいえ、何故今に限って。

片手剣とスキルで応戦する里於さんでも流石に3体は厳しい。しかもある程度の階数を経て、今この場所にいる。身体に蓄積された疲労と、じわじわと減る体力の消耗、二人という危機的状況。

(そうだ。彼だけは、彼だけでも守らなきゃいけない)


「パラディオン!」


咄嗟にペルソナで3体へ物理攻撃を畳み掛けた。そのうちの1体には急所へ直撃したのか、呻き声を上げて闇に融けていく。残りの2体にもそれなりのダメージを与えて、里於さんが一気に攻撃を叩き込んでいる。
勝てる。大丈夫。再び敵に向かって銃の標準を合わせた。


「アイギス!横だ!」


シャドウと交戦する里於さんに囚われていただけに、横の通路から迫っていた別のシャドウに気付く予知も無くて、銃を構えたけれど、これは多分、間に合いそうにもない。身体の至る所で戦闘モードから防御に徹する機能へ切り替わる音がする。

しかし突然、身体に大きな衝撃がぶつかり、私はそのまま数メートル飛ばされた。防御機能が働き、床との衝突では激しい破損は見られない。


《リーダー!リーダーしっかりしてください!!》


通信から聴こえる、風花さんの声。その時初めて、自分の横で倒れた彼に気付いたのだ。荒い呼吸と苦痛にしかめた顔。抱き起こした時の、ぬるっとした背中の感触。

知っている、わかっていたこと。彼の傷を癒そうにも、回復スキルも持ち合わせない私は、戦闘に特化した兵器なのだ。



私の代わりに敵の攻撃を受けた彼の背中の傷は、出血量の割には大した致命傷にはならないらしい。あの後すぐに真田さんと美鶴さんの応援によって難は逃れたものの、失血による体力の消耗にすぐさまタルタロスを下りた。
ゆかりさんの回復によって傷は塞がったとはいえ、順平さんが背中に負ぶり、そのままこの自室で安静となった。きっとこのまま大事を取って、本日の登校は強制的に禁止となるだろう。

影時間も明けて宵の深まる頃、私はいつものように開錠し、彼の部屋に足を踏み入れ、そして今に至る。


「…私には、貴方のとった行動の意図が読めません」
「簡単なことだよ」
「…起きていたでありますか」


うっすらと目をあける里於さんの様子は、なんら変わりがない。私を手招きするその手に引き寄せられベットの近くまで歩み寄ると、柔らかみの無い鋼鉄の手が彼の手によって包み込まれた。私とは違う体温を持った手。生きていることの証明。


「君を失ってまで、シャドウと戦いたくないから」
「私は、シャドウとの交戦を目的とした機械です。余程の事が無い限り、活動の停止はしないであります」
「でももし、その“余程の事”が今日だったら?」


いつ来るかも解らないのは、僕もアイギスも同じだよ。守らなきゃいけないものを、守ろうとしただけだから。そうして再び瞼を閉じきってしまった彼を、私はやはり理解出来ずにいた。私は機械だから死ぬことはない、でも貴方はヒトでしょう。代替の利かない身を挺してまで、代替の利く私を守ったなんて。

(私には解らない。でも、一つだけ、確かなことがある)

答えの出ない疑問があった。シャドウとの戦いの後にある私が存在する意味。確かに不透明なことに変わりはないけれど、今日、彼を見て思ったことがある。
死の存在を貴方に近付けさせてはならない。今も、そしてこの先も、貴方を守るという意思は変わらないだろう。



おくそこのこころ



匿名様リク「主アイでシリアス」でした。
実はちゃんと主アイを書いたのは初めてだったのでやっとこの二人を書けて満足です〜。
何も解らないアイギスに色々なことをを説くキタロー、の関係性をもうちょっと出したかったな…!

リクエストありがとうございました!



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