空っぽに見えた相変わらずの戦乱の世で、僅かに見つけた友の遺産は、玉手箱に入れられた大切な大切な宝物のように思えた。


「慶次様」
「『様』はいらない。慶次でいいから、け・い・じ」
「…慶次、様」


一向に二人称を変えようとしない目の前の青年に、どうしたものかと苦笑するしかない。一つも揺るがない頑固な態度に、骨が折れに折れて仕方がない。胡座をかいて身体の力を抜ききっている自分とは対照的に、正座をして背筋をピンと伸ばしているこの子の誠実さや実直さには嬉しいと思っているけれど、俺のような人間に向けられるものでは無い。きっと。

懐かしくも思う大阪城の一角に通されて、凶王と畏怖されている現城主の石田三成と、こうして向き合うことかれこれ数刻は経っているはずだ。表情一つ変えないでジッと見つめられると、流石に怖じけづいてしまうような鋭い瞳。扱い難さに磨きが掛かった狐みたいだと、それが第一印象。


「秀吉様の旧知の方に、無礼なことはできません」
「敬語もやめやめ。俺そういうの苦手なんだよ」
「しかし…」


第二印象。さっきも言ったように、融通の利かない、頑固な故に不器用な子。真面目なのに、人との意志疎通を量れない。

噂で聞いていた凶王三成様とは程遠く、蓋を開けてみたらそれはただの人付き合いが苦手なだけの、歳に見合った青年だった。それがわかっただけでも良しとしたいのは山々なんだけれど、どうしても俺に対しての態度を変えたくないらしい彼には渇いた笑いしか出ない。
楽観的な性格からか、今までこうして改まった敬い方をされるのは初めてだった。前田の人達からは「慶次様」と呼ばれることはあれど、やはりどこか砕けた物言いだったりして、どちらかと言えば友人に近いような印象。

(参ったなぁ…)

苦手ではない。そして彼はどうしようもなく純粋なんだろう。だけど俺に秀吉の影を見られたってどうしようもないのだ。あいつが居ない、それは変わり様のない事実である。


「凶王さんは、俺と秀吉の関係を疑わないんだね」
「三成、とお呼び下さい」
「…三成には申し訳ないほど、今となっては俺と秀吉には繋がりなんて無かったし、関係だって希薄だよ」


これは全て本当のことだ。仲を違えてからは友と呼べるのかも怪しかった。相手の眼中から俺は消えたことだろう。豊臣の小姓で重鎮だっただろう三成が俺を知らなかったことでそれがよくわかる。俺は捨てられた過去の一部だ。多分、秀吉の中の禁忌の場所なんだ。

三成は、少し俯いていたけれど、顔を上げて口を開いた。


「それは、貴方も同じだ」
「…どういうことだい」
「慶次様も私をこう呼んだ」


豊臣の忘れ形見、と。
敬語をやめろ、の言葉が反映されているのは察した。でも思わぬ核心を突かれたように胸が軋んだ。無意識の内に自分も彼に友を見ていたのか。
三成は、それをどう思ったのだろうか。人は、誰かと重ねられることを、良くは思わないだろう。三成もそれを感じただろうか。彼に、人の心はあるのだろうか。


「あの、慶次様、私はとんだご無礼を…」
「厠」
「はい?」
「厠行ってくる!」


ああ、場所知ってるから案内はいいよ!と、呆けたままの三成を置いて廊下へと出て後ろ手で襖をパタンと閉めた。するとみるみるうちに顔が緩んできて、へへ、と笑いが漏れた。
危うい雰囲気しかしないあの子をもっと知りたいと思った。そして今、少しだけ歩み寄れた気がしたのだ。だから。

客間から少し歩いたところにある部屋の襖をそっと開けた。布団に横たわったままの身体で、目だけがこちらを向いた。その男…大谷さんに人差し指と中指を立てて、ニィ、と笑ってやった。


「なんかね、わかった気がする」
「あれはぬしに扱えるほど易い男じゃあるまいて」
「最初からは無理さ。でも、うん、そうだなあ」


まずは、お友達から始めるのでもいいんじゃないかと思います。



おんなじ心かしら



匿名様リク「石田軍と慶次」でした!
ほとんど三成と慶次になっちゃいました。大谷さんをもっと出したかったなあとも思ってます。
この二人は秀吉だけの関係じゃなくて、三成と慶次っていうお互いをちゃんと見つめ合う関係になれたらいいと思います。

リクありがとうございました!



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