「死んだ」


死んだよ、豊臣が。自分でも驚く程低く、地を這う蛇の如く気味の悪い声だった。話し相手にもならないその背中はぴくりとも動かない。いつものように相手にされない態度に、また自然と薄ら笑いが漏れた。
この男と居ると、命に、生に、世に飽きずに済むのだ。ろくでもない、奇抜な、放浪男は、実はただの人間で、へらりとしたお面を被り続けるのは少々大変だったりする。そんな時にこの、骨董趣味などという物好きな男の元へ転がり込めば、世界と分断されたような気分になれる。
所詮、それは都合の良い逃げ道な訳なのだが、そんなことは自分も相手も解っている。解っている上で惹かれあっているのだからとても厄介だ。お互いに腹の探り合いをしつつ、生温い馴れ合いを続ける自分が酷く滑稽だった。


「それは喜ばしいことではないのかね」
「知らねえよ。わかんねえからここに来たことくらいあんただってお見通しな癖に。白々しい」
「今日はやけに威勢がいい。それもまた卿の魅力だな」


俺の目では値打ちも何も解らない変哲な壺を壊れ物を扱う優しい手で触れている。こちらに目など向けないことくらい慣れたものだ。
相手にされない、それは即ち、存在を認めてもらっていないと同義だ。この男は俺をうまく掌の上で転がしつつ、興味が失せたとなればその掌から俺を容赦なく落とした。多分これは、落とす予兆に違いない、直感的にそれはわかった。相手の話に耳を傾ける意思がないとなればそこまでなのだ。
これは全部俺の予想であり、それでいてきっとこの先そう遠くない未来に事実となる。人としての真っ当な扱いを受けることすらできず、男の気まぐれに振り回される。今も昔も変わらない関係性に眩暈がした。いつでも俺は陳腐な壷以下だ。


「ねえ、あんたはいつもそうだ」
「いつもとは?」
「飽きたらポイ、不必要なものは跡形もなく壊して残さない」


相変わらず骨董品を愛でる手を休めない男の背中につけた人差し指でつつつ、と動かしてみる。別に振り向いて欲しい訳じゃない。今更、相手にされたい訳でもない。その意図に、それらしい言葉を当て嵌めるとするなら、自分への賭けとでも言おう。多分それが最もらしい答えに聞こえるだろう。


「…卿が何を思い上がったのかは知らないが」


気付いたら息の掛かる程の至近距離に男の顔があった。顎に添えられた手で顔を上に向かされる。急所とも言える首がくっきりと眼前に晒されて咄嗟に頭が警報を鳴らす。男は先程俺がやった手つきを真似するように、人差し指を俺の喉仏に突き立てて、つつ、となぞるように動かした。
思わず固唾を呑むと、その動きを見透かしたようにククと喉の奥で笑われた。その仕草に奥歯を強く噛み締める。

(最悪だ。)


「人間の面白い部分はそこなのだよ。実に滑稽で実に愛らしい」
「…悪趣味」
「飽くことは、仕方のないことだと、思わないかね」


パリィン、と烈しい音が響き渡る。男の手から離れた壷は地面に叩き付けられその形を留めない程に粉々に割れた。あれ程かわいがっていたものの儚さ。恐ろしいまでに底知れない探究心。


「誤算といえば、私としては卿など対象にも捉えていなかったのだがね。それもまた人の美しき魅力だろう」


瞳に何の感情も持たない、口角だけを上げた張り付けたような微笑を、俺は忘れることはないだろう。
俺もあいつも、結局は良いように振り回されただけなんだ。どうしてもっと早くに気付けなかったのか。あと少し早かったなら、もしかしたら、なあ秀吉。

問い掛けても、彼はもう居ないのだ。



死んだふりを続けるあのこ



桔梗様リク「松永と慶次の薄暗い話」でした!
遅くなってしまって本当に申し訳ありません…!この二人は初めてだったので色々試行錯誤した結果この形になりました。
私自身もこの二人の薄暗くて不気味な雰囲気が好きなので、書く機会が持てたことはすごくよかったです!

ではリクありがとうございました〜!



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