彼の手によって腕に包帯が幾重にも巻き付けられる。くるくると、ひたすら。彼は何も言わない。ただ俺の傷を見つめて、黙って手を動かしている。ただ俺にとっては、この時間がどうしようもなく果てしない徒労に思えるのだ。だってそうだろう。何れはまたこの腕に傷を付けるべく、争いの中へ身を投じなければならない運命なのだから。 しかしそれでも、彼は全てを悟っても尚、この徒労を続けた。血を流したままになった争いの証を、まるでひた隠しにするかの如く。 「慶次殿、もう充分だ」 「…まだ、まだやらないと、」 「慶次殿!」 少しだけ咎める意味を含んだ様に名を呼んだ。体がぴくりと動いて、包帯を持つ手もようやく止まった。その手に自分の手を重ねながら小さな声で、もう止して下され、と言い聞かせる。彼は人にとても従順だった。俺の言葉にも頷いて、巻き終わった包帯をきゅっと結んだ。 彼は争いを心底嫌悪していた。そこから生まれるものが未来へ生かされるものだけではないことを知っているからだ。そして彼も被害者で、だからこんなにも傷痕を隠したがるのだ。見たくない、争いの痕跡は何一つ瞳に入れたくないと。 「わかってる。無駄なことくらい」 「…すまぬ」 「謝るとか、お門違い、だよ」 巻かれた包帯の上からそろりと撫でる彼の力はこんなにか弱かっただろうか。力のない手で撫でつづける彼の肩は微かに震えていたと思う。 自分自身が苦しいとわかっていながら、彼は俺に寄り添おうと努めている姿は見るに堪えないものだ。だけど俺は何も出来ない。戦場に赴く事実は決して揺るがないし頑なな意地がある。 「こうすれば俺の気が少しでも晴れるだろうっていう、自己満足なわけだし」 「…何れは死してゆく運命を、知りながらも?」 「………」 皮肉り過ぎた。眉尻を下げてこちらを悲痛に見つめる瞳は苦手だった。撫でていた手にきゅうと力が込められて、今にも泣きそうな顔をする。ああ、ああ、泣かないで。目尻を拭って強く願う。一滴、指先についたものを舐めれば、確かに塩辛い味がした。 彼は俺に「生きろ」とは言わなかった。何も言わずにそっと涙を流すだけだった。俺の体についたままの傷のひとつひとつに蓋をしていく徒労を繰り返した。 好われているのに何も返せない自分を歯痒く思った。願いの一つさえ聞けない立場を「一人の人間」として呪っていた。虎の若子は知らぬふり。 「…次は、程々にしろよ。手当ても楽じゃないんだから」 「次も、慶次殿が、傷を癒してくれるのだな」 「…やめて、くれよ…」 そんなこと、言わないでくれよ。次なんて、そんな軽々しく言うな。次があるかなんて、わからないくせに、無責任だ。 奥歯を噛み締めながら顔を歪めた慶次殿に、俺は小さく笑いかけることしか出来なかった。その術しか、知らなかった。 一番恐れた壊れ方 壱夜さんリクの「幸慶」でした! シチュはお任せとのことでしたので、ちょっと悲恋気味させていただきました…ごめんなさい勝手な趣味です。 傷付いた姿は見たくないのに二人を繋ぐ為に手厚く手当てしている慶次と何も出来ない幸村とか、すごくわかりにくいですね…!リベンジしたい…! 素敵お題ありがとございました! |