本当は政宗に会いに来た筈だったんだけど、どうしてこうなったのか。俺にも良くわからないし、それはきっと相手にも解らないんだ。


「前田、いい加減出ていけ」
「やーだ、ここがいいの」
「客間がある。そこで待っていろと」
「やだって言ったらやだ」


奥州を尋ねたら政宗は留守で、右目の人が主不在の城を護っていた。なんだつまんない、引き返そうかな、と思った矢先に、右目の人が甲冑を脱いだ畑仕事の服を纏っていることに気付いた。初めて見る姿に、こんな格好もするんだ、と少し意外だったので、図々しくもこの私室に上がらせてもらうことにした。少し強引気味に。
そして問題の部屋はといえば、一言で、質素。生活に必要な最低限なものしか置いていない。質実剛健なこの人らしい部屋だ。でもそれがやけに落ち着く。何故だか知らないけれど。右目さんの困った顔にもまた気分がわくわくした。


「執務の邪魔だ」
「じっとしてるもん」
「政宗様は当分お戻りにならねぇ、一先ず帰りな」
「じゃあ帰って来るまで奥州に居る」
「…前田」


そんな怖い顔しても無駄だからね。ぷい、と顔を背けて反抗した。暫くしてから横で溜息をつく音が聞こえてきて、好きにしろ、とぶっきらぼうな物言いで許可が下りた。そうそう忍耐強さなら負けないんだよ、俺。
ゆっくりと盗み見るように視線を戻すと、真剣な顔で手元の書物を整理していた。これ全部政宗のものなのかな、細かい字でびっしりとうめつくされた紙に頭が痛くなってくる。難しいことは苦手。それをそつなく熟してしまう姿は彼の有能な竜の右目だと、目の当たりにした今ならよくわかる。

ちょっとだけ、着物の裾を掴んでみる。引っ張ったりはせずに、申し訳なさそうに掴むだけ。他意はない。本当に、そこを掴んでみたかっただけ。俯きかかった顔を上げると、相手と目がばっちり合った。


「………おい、これは、何だ」
「あ、邪魔、ですよね」


裾から手を離して縮こまる。衝動的な行動故に自分でも収拾がつかなくて、ただ肩身狭そうにするしかない。
すると、何を思ったのか、無言のまま両手を広げた構えになった。あれ、なにこれ。首を傾げて疑問を浮かべていると、低い声で、来い、と言われる。状況か把握できなくて、え?と間抜けた声を出すと、いいから来い、とほぼ脅しのような声音で返された。


「俺、何かしたかな?」
「ああ、した。だから来い」


ああ、つまり、その腕の中に来いと。そういうことなのですか。やっと理解した頭の処理能力の遅さに少し絶望した。
怖ず怖ずと近づいてから失礼します、と小さな声で一言呟いた。相手に聞こえたかどうかはわからない。

落ち着く匂いがする。あと、手がすごく優しい。怖い顔している癖に、見掛けだけで判断するなってことなのかな。規則的に背中をぽんぽんと叩かれて、これじゃまるで子供をあやすのと同じじゃないか。
瞼が重いな。頭がとてもふわふわしている。変な脱力感と安心感が全身に回ってきた。身を預けても平気だといいな、怒らないといいな。着物をきゅっと掴んで離れないようにと願った。


「慶次」
「ん…なに…」
「…いや、なんでもねえ」


煮え切らないなあ。そういえば俺のこと、名前で呼んでくれた。嬉しいな。そうだ、次は俺が名前を呼ぶべきかもしれない。だから少しだけ眠らせてほしい。あんたの腕の中を独り占め出来るから。



夢の中では両思い



逸樹さんリクの「小十慶」でした!
この二人の距離感がよくわからなくて恐る恐る書いたのですが、ご期待に添えていなかったら本当にごめんなさい…!でも楽しく書かせていただきました、ありがとうございました!



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