「ごちそうさま!」


その言葉を聞いてようやく一息つけると思った。夜の分だけでどれだけの白米を炊いたのだろう。普段自分と同居している人物の分だけでも家計の心配をしてしまうほどなのにそれ以上の胃袋を持っている客人に持て成してしまったのだから、ああ、頭が痛くなってきた。
そんな客人は思う存分夕飯を食べたから満足したみたいで、旦那と一緒に据え置き型のテレビゲームをやろうと言い出している。余りにそれは図々しいだろうと俺は食器洗いを手伝いなさいと申し出た。彼は申し訳なさそうに笑って快く引き受けてくれた。


「給料日前だから助かったよ」
「うちはご飯処じゃないんだけどねぇ」
「やだなぁ俺とさっちゃんの仲だろ?」


屈託のない笑顔を見せながらさも楽しいと言いたげな鼻歌混じりの食器洗いを続ける慶ちゃんは大学の友人で旦那の良き遊び相手になっていた。今年は彼も大学受験で忙しくなることを知りつつこうして何度も家に出入りしていて、旦那もそんな慶ちゃんに懐きっぱなしだから自分達と同じ大学を受けると今からやる気だけが先走っている。勿論俺にとっても慶ちゃんにとってもそれは嬉しいことだった。

最後の一枚を洗い終わった頃には最初は煩かった旦那も今では静かにテレビを見ていた。ソファーで膝を抱えブラウン管越しの有名ブランドのスイーツ特集を食い入るように見つめている。気付いた慶ちゃんも美味そう、と口許を緩めながら旦那の隣に腰を降ろして今じゃ肩を寄せ合っている。
そういえばこのモンブランはすぐそこの駅前に分店があったはずだ。本店ほどの品揃えは無いにせよ看板メニューのそれには何時も行列が絶えない。自分も過去に一回だけバイトの先輩に差し入れで貰ったことがあってとても美味しかった。甘党じゃないけど飽きのこない控え目の甘さが丁度良かった。


「さすけぇ…」
「どしたの旦那…って、二人して何さ」
「さっちゃんは優しいからさあ」


ものすごい熱視線でこちらへ期待を向けていることはすぐ分かった。何を訴えようとしているのかも単純過ぎる彼らからは容易に想像出来る。甘いもの食べたい、モンブラン食べたい。口の際に見える涎に呆れつつ今更ながらでかい弟の相手をしている錯覚を起こしていた。


「…明日ね、明日」
「約束だぞ佐助」
「ねぇ、俺には?俺にはー?」
「給料入ったら自分で買えるでしょ」


そんな格差社会いらない!と喚く男はこれでも成人している。格差も何も社会的には守る立場と守られる立場だから当たり前の事を言っているつもりなのに。口を尖らせたままどこか納得いかないといった感じに手元のビーズクッションを弄りだした。
そういえば、と夕方頃に取り込んだ洗濯物の存在を思い出したので畳んでおこうと思い立ち上がる。すると慶ちゃんはビーズクッション弄りを止めて俺の後ろにくっついてきた。振り返ると気持ち悪いくらいの満面の笑みで肩に手を置いてきた。


「お手伝いしますよ、佐助くん」
「えー何この子気持ち悪い」



そうまでしても食いたい友人が憐れすぎる。ほろりと涙を浮かべつつ折角の申し出を断るわけにもいかないので手伝って頂くことにした。お礼は多分、あの甘いお菓子を要求されると予想しながら。



ギブミー静寂!




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テーマ「人外ファンタジー」
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