その日奥州では雪が降った。寒さには滅法強い体質であって、特に珍しい訳でもない天候は、外出の域を狭めただけの厄介者だった。でもその厄介者のお陰で、今自分の隣には神出鬼没で有名な風来坊が座っている。この雪では京に帰ることもままならないから案の定足止めを食らっている最中だ。 両手をひたすら擦りあわせている姿はとても幼く見えた。寒いのなら黙って部屋に戻ればいいものを、雪と縁が無いからと言い張って白い息を何回も吐いて目の前の庭先を見つめている。風邪を引かれると困るので庭には下りるなと釘を刺している為、とても名残惜しそうだ。 「やっぱり寒いのは苦手だ。あんたは平気そうだね」 「この環境で育ったんだ。適応していない方が可笑しいだろ」 そうか、そうだったな、と寒さで鼻と頬を赤く染めた顔が、くしゃりと崩れて笑顔を作った。肌寒いのか、ぶるりと身震いをして縮こまっている。肩が丸出しになっているのだから当たり前の反応だった。見ている此方まで凍えそうなので自分が羽織っていた上着を肩に掛けてやると、有難う、と返事が来た。 何をする訳でも無く、二人でただひたすらに積もりゆく雪を見ていた。会話の一つも無かった事すら、それが自分達の在るべき形だと漠然と思っていた。何処からそんな根拠が湧いたのかも解らない。けど確かにこの微妙な距離感は最も理想的なのだと思う。 「後で雪見酒なんてどうだい」 「お前は酒が飲みてぇだけだろうが」 「でも政宗と飲む酒が一番旨いんだ」 再び顔を崩して恥ずかしげも無く言い切った。誰にでも言っているようなありふれた言葉ではあったが、やはり受け取ってみると嬉しい。きっと今の自分の顔面にもそれが分かり易い程表れていると思う。こんな庭先の一角では雪見酒なんて洒落たものにはならない。しかし今あいつが言っていた様に自分もこの男と飲み明かすことは嫌ではないのだ。俺はそれを否定することもなく、隣の奴に気付かれないように目を伏せて静かに笑った。 付かずとも離れずとも曖昧な人 |