絵に描いたような、青い空、白い雲。焼けつく太陽は、真夏の象徴。頬を伝う汗を手の甲で拭って、肺にこもった熱い空気を吐き出す。
 まだかなぁ、と呟かれた声に、もう少し、と言葉を返す。家を出てからここまで、かなり長い道のりを歩いてきた気がする。もしかして方向を間違えただろうか。自分の記憶に疑いを持ちながら、その記憶を頼りに角を曲がる。もし、記憶が正しければ、その先には。
「……あっ!」
 疲れを見せていた綾時の顔が、声と共に弾む。駆け出したその背を見つめながら、自分の記憶が正しかったことに安堵した。
 暑さを堪えて歩き続けた先には、一面の金色。本来は黄色と表現するその花は、太陽の光を受け、寄り添い合うように敷き詰められているおかげで、ちかちかと視界を支配する黄金に輝いていた。無数の向日葵が群生する花畑は、昔となんら変わらない懐かしい光景だった。幼い頃から、それこそ、両親の手を取って生きていたあのときから大好きだったこの場所に、やっと彼を連れてくることができた。
「すごい! すごいすごい、すごい!」
 両手を広げ、声を張り上げながら、花畑のなかを駆け抜けていく姿に、さっきまでのくたびれた様子なんてどこにも見当たらない。すごいすごい、と、稚拙な感情表現を繰り返す綾時は、まるでちいさな子どものようだ。おかしくて、つい笑いが漏れてしまった。
「すごいって、なにが」
「全部!」
「ふっ……そっか」
 だめだ、すごく面白い。普段から素直に感情を言葉に乗せるけれど、素直も度が過ぎるとかえって伝わりにくくなるのかもしれない。
「綾時。いま、楽しい?」
 笑顔を絶やさない彼に、なんの変哲もない凡庸な質問を投げかけてみる。返事なんてわかりきっていたけれど、それでも彼の口から直接聞いておきたかったのだ。
「うん! 楽しいよ!」
 向日葵が大きな花弁を開かせるように咲き誇る綾時の笑顔は、いままで見せてきた表情のなかでもひときわ輝いていて。青い夏空を仰ぎ見ながら、胸の内に染み込んだ幸せに身を委ねていた。


   ◆


「会ってほしいんだ。俺の、母さんに」
 綾時に向けた言葉の中身は、現状では不可能であって、非現実的なことだってわかっていた。俺の言葉を受けた綾時本人も、意味がわからないと言いたげな眼差しで俺を見つめている。別に、うわごとをのたまっているわけではないし、気がふれてしまったわけでもない。ちゃんとわかっている。たしかに俺の両親は、十年前に。
「な、なに言ってるの。君の両親は……」
「うん。もういない」
「なら……」
「だけど、ひとつだけ。会える場所がある」
 そう、ひとつだけ。しかも、夏のこの時期が会いに行くには一番好ましい。俺自身、もう何年も会いに行けてないけれど。
 夏を迎えてからどこか様子のおかしい綾時と過ごす日々のなかで、ずっと考えていたことがある。半月ほど長々と続いていた夏期講習も、今週末で一旦区切りがつく。そうすると、世間的にはお盆休みの期間に入る。テレビで流れるニュースでは、お決まりのように帰省ラッシュの光景を報道して、そこでようやく夏季休暇の実感を得たりするものだ。
 最近の綾時は、ひどく情緒不安定だ。気づかれていないとでも思っているのだろうけれど、俺は知っている。過剰なほど月を恐れる、夜の君を。だからきっと、会うならいまなのだ。
「大丈夫だから、一緒に会いに行こう」
 綾時、と名前を呟き、彼の無防備な左手を取る。少し汗ばんだ掌と、うろうろと視線を彷徨わせて戸惑う姿。けれどゆっくりと握り返してくれるその反応が愛おしくて、胸がじんわりと温かくなった。前を歩く寮の仲間に悟られないように、ふたりでそっと寄り添いながら歩く帰り道は、いつもの倍の距離のように長く感じられた。




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