ただひたすらに、暑かった。ベッドに投げ出した両腕も、抱え込まれた下肢も、すべてが暑さと気怠さでどろどろに融けてしまいそうなくらい、僕たちが行為に耽るこの部屋はサウナのように蒸されている。
 下腹部に深く埋め込まれた彼の陰茎が内側に擦れるたび、身体のなかでマグマが煮えたぎるような強烈な気持ちよさに襲われた。それに呼応するようにぷつぷつと玉のような汗が噴き出てくる。背中越しに感じるベッドシーツは体液塗れになっていて、すでに手遅れなほど湿り気を帯びていた。
 何度か吐き出された自らの残滓と、腹部に浮き出た汗。投げ出していた右手で撫で回すと、ぬちぬちと粘着質な音が聞こえる。気持ち悪いはずの感触でさえも、性感帯として刺激される。わけがわからないくらい、ひどく気持ちがよかった。
「……それ、楽しいのか?」
「楽しい、っていうか、すごい、きもちい」
「ふぅん」
「ァ、だめっ、さわっちゃ……」
 未だに芯を持ち続けている僕の陰茎が、彼の右手にやんわりと包まれる。親指の腹で先端を擦られながら、彼の腰が奥深くに穿たれると、呆気なく吐精した。何度目かもわからないそれは、量は少なく、色も薄い。
 頭がくらくらして、目が回る。脳まで酸素が届いていないような感覚の影響で、思考がうまくまとまらなくなってきた。はーはー、と荒い呼吸を繰り返していると、ごくごくと喉を鳴らしながら水を呷っている彼の姿があった。涼しい顔をしている彼も、身体中汗だくだ。時折、彼の身体から伝った汗が、自分の肌に落ちて触れるたび、それすらも甘い刺激となって五感を支配した。
「……、りょうじ、綾時」
「は、ぁ……、?」
「しっかりしろって。ほら、水」
「いら、ない」
「いらなくないから」
 さっきまで彼が飲んでいた水の入ったペットボトルが眼前に差し出される。顔を背けると、彼は少しの苛立ちを見せたあと、その水を口に含んだ。そのまま僕の口を塞ぐと、僅かに開かれた隙間から僕の口内へ含んだ水を強引に移した。きっと僕がこの水を飲み下すまで、彼は梃子でも動かないだろう。彼の口に含まれていた生暖かい水を嚥下するのは、もはや不可抗力だった。
「汗、ひどい。やっぱりエアコン……」
「平気、だいじょうぶ」
「お前なぁ」
 彼の手が伸びてきて、汗で顔に張りついた僕の髪をはらいながら、僕の態度に呆れている様子だった。こんな蒸し風呂みたいな空間でのセックスは、さすがの彼も体力の消費が激しく、かなり堪えているのが目に見えてわかる。彼には申し訳ないと思っているけれど、今更やめられそうにもない。
 暑い、苦しい。そんな極限状態で孕んだ快楽に、僕は夢中になっていた。
「……わかったから、脱水症状は起こすなよ」
「うん。だから、もっとして」
 かぶさってきた彼の首に腕を回す。彼のもたらす律動に悶え喘ぎながら、窓から覗く金色の月をただひたすら見つめていると、耳を這うように撫でる声。

――ああ、ああ、いとしいわが子。
――戻っておいで、母の腕の中。

(……聞こえない。僕には、なにも)
 人として初めて迎えた夏。もうずっと、こんな日々が続いている。


   ◆


 茹だるような暑さ。今日は、今年に入ってから最高温度を記録した酷暑だとか、ラウンジでつけっ放しになっていたテレビの気象情報で解説されていたような気がする。とはいえ、その謳い文句もここ連日で何度も繰り返されている。日を進めるたびに最高温度は塗り替えられていて、外に出ることもうんざりするくらい、夏の暑さは心身ともに疲弊させていた。
 手に提げたコンビニ袋のなかには、外気とは裏腹にひんやりと凍った棒つきアイスが三つ。溶けないうちに寮へ持ち帰らなければ、あれこれと文句をつける友人が待っている。
 凶器かと思うほどの太陽光に熱せられたコンクリート路地の上を、足早に歩みを進める。ジリジリとどこかで蝉の鳴く声が聞こえ、それが余計に体感温度を一度も二度も上げた。
「……暑いなあ」
 真っ青な空で燦々と照り輝く太陽を見上げながら呟くのと同時に、こめかみから頬を伝う汗が、静かにコンクリートへ落ちた。



「ちがーう! ちがうちがう! ちがうぞ綾時クン! オレっちが食べたいのはこれじゃなーい!」
「えぇー……」
「気にするなよ、綾時」
 暑かっただろ、ご苦労様。そうやって、労わりの言葉をかけてくれる彼とは裏腹に、不満を隠そうとしない順平くんは、まるで駄々をこねる子どものようだ。
「ガリガリ君じゃなくてホームランバー派なの! 当たりの文字にドキドキしたいお年頃なの!」
「じゃあ順平くんが買いに行けばよかったじゃないか……」
「暑いからヤダ」
 とはいえ、この暑さで涼を取らずにはいられないのか、渋々といった様子で封を開けている。喧嘩しないように、三つとも同じ味にした。独特なキャラクターが描かれた袋から取り出されたアイスは、瑞々しく爽やかな空色。口に含むと瞬間的に突き刺すような冷たさと、シャリシャリとした食感が、酷暑で茹だった身体を冷やしていく。
「はー、生き返るー」
「これ食べたらまたお勉強再開だね」
「えー? もう少し休もうぜ、君たちぃ」
「だって順平くん、全然進んでないじゃん」
「オレのモットーはマイペースだからな!」
 そういう問題ではないと思うのだが、いまの順平くんは完全にやる気スイッチがオフの状態になっている。なにを言っても、梃子でも動かなさそうだ。
 一階のラウンジで、僕と、彼と、順平くん。赤と白のチェックのクロスが敷かれたテーブルの上に広げられた参考書の数々。表紙に巻かれた帯には『入試対策完全版』などという出版側の自信に満ち溢れたセールスアピールが書かれている。
「受験生かぁ……まだあんまり実感ないや」




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