(天田+綾主/CCS9ペーパー/新刊の後日談)





どうも、こんにちは。僕は天田乾といいます。月光館学園初等部五年生です。いまは巌戸台の外れに建っている学園所有の寮に身を寄せています。というのも、僕は特別課外活動部という学園直轄の部活に所属していて、世間様には言えないような、そもそも知られることのないような仕事に携わっています。メンバーは僕よりも年上の方々ばかりですが、みなさん僕のことを子ども扱いせず、一人前の『仲間』として見てくれるので、とても居心地のいい環境ですよ。
「それでね、彼がまたお弁当を持ってきてくれて、すごくおいしかったんだよ! 彼ってなんでもできるし、かわいいし、かっこいいし……僕ってもしかして、すごく幸せ者? これって、贅沢な悩み?」
 僕の目の前で悩ましげな溜息をつきながら、いちごのアイスクリームを頬張るこのひとは、望月綾時さん。最近、月光館学園高等部に転入してきたひとです。高等部には部活に所属する仲間のほとんどが在籍していて、彼が転入した二年F組には、僕たちのリーダーもいます。
 そう、リーダーです。部活の初期メンバーである美鶴さんや真田さんから直々部活の指揮を任されている、とても頼もしいリーダーが僕にはいます。もちろん、僕の憧れのひとでもあります。けれどそのリーダーと、いまここにいる綾時さんが、最近、やけに親密というか、疑惑のふたりというか、やたらとふたりで過ごしている姿をゆかりさんたちはもちろん、寮でしか会う機会のない僕でさえ目撃することが増えて。なんでもふたりは恋人同士なんだそうです。意味がわからないですよね。恋人同士ってなんですか。信じたくなくてリーダーに直接問い詰めたら潔く「うん」と肯定の言葉をもらいましたよ。本当、あのときは目の前が真っ暗になりました。いや、薄々は気づいていましたけど。だって、以前のカレー騒動のとき、キッチンで、ふたりきりで、微笑ましげに、仲睦まじくしている姿を、僕見ちゃったんですよ。あれは友達の距離感じゃないって思いました。でもリーダーに限ってそんなことは、って思うようにしていたんです。それなのに、あんなあっさり認められたら、どうしたらいいかわからないですよ。僕はまだ齢十の若輩者なんです。めくるめく未知の領域を知るには、少し早すぎる気がするんですけど。
「だいたい彼っていつも無関心だし、素っ気ないし、実はちょっと奥手なのかもって思ってた時期もあったけど、それが全部僕の気を引こうとしてやってたことっていうのが……あ、まさかこれがギャップ萌えってやつかな」
「は、はぁ……」
「すっかり彼の掌で踊らされちゃったけど、でも、それもいいかなぁって思うし……そんな計算高い彼の賢さがまた魅力的っていうか……」
「あー……えっと……」
「天田くんもそう思う? 思うよね?」
「いやあの……まぁ、はい……」
 そもそもなぜ初等部の僕と、高等部の綾時さん、接点はただひとり、リーダーだけという希薄な関係であるはずの僕らが、こうして女の子のようにスイーツを囲み会話をしているのかといえば、実は僕にもよくわかっていません。気づいたら、こうなっていました。
 そもそも、あのカレー騒動がすべての発端なんです、絶対に。寮でカレーを食べた日の翌日だったと思います。僕はその日の学校を終えて友達と一緒に初等部の校舎を出ようとしていました。そのときですよ、正門のところに明らかに小学生サイズではない人影が立っていたのは。しかも見間違いでなければ、顔見知り程度に知っている人物なんです。あのひとの女性関係の噂は、それはもう初等部にまで及ぶほどでしたが、まさかこの初等部の年齢層も許容範囲内なのかと思ってしまったあのときほど、その見境のなさに身震いしたことはありません。けれど僕の予想に反して、彼の目的は女子生徒ではなくて。
「あっ、天田くーん!」
 そうです、僕ですよ。僕の名前を呼んだんです。下校時間の正門前で、人目も憚らず、あまつさえこちらに向けて手まで振って。そのあと、僕がどうなったかなんてわかりますよね。疑惑のふたりです。僕と、綾時さんが。「おい、あのひと誰だよ」「高等部の制服じゃん」「私知ってる! お姉ちゃんが一緒のクラスだって言ってた!」「天田くん知り合いなの?」など、その他にもいろいろ根掘り葉掘り訊かれましたよ。これはやばいと思って、呑気に手を振る彼の腕を引っ張ってすぐに学校を離れました。いくつかの曲がり角を曲がったあとに歩みを止めて、綾時さんのほうへ振り返りました。
「ちょっと、どういうつもりですか綾時さ……」
「どうしよう天田くん! 僕、彼とお付き合いすることになった!」
 ……これって、小学生に言うことじゃないですよね。びっくりどころの話じゃないです。しかしあの衝撃の日以来、何度かこうして綾時さんに待ち伏せされては、攫われ、どこか手近なお店に詰め込まれる日々を過ごしています。どうしてこうなったんですか。誰か教えてくださいよ。
「というか、なんで僕なんですか? 綾時さんなら、話す相手なんていくらでもいますよね。それこそ、順平さんとか、ゆかりさんとか……」
 そこで、思い切って訊いてみました。僕よりも身近なひとのほうがリーダーと過ごしている時間も多いし、相談という名の惚気にもしっかり反応を返してくれると思うんです。反応の良し悪しは別としても。いや、決して僕が面倒くさいからとか、そういうことじゃないですよ。本当です。
 すると、綾時さんは急に俯いて、スプーンをもじもじと弄び始めました。なんですかね、急に。言いたいことがあるならはっきりと言って欲しいです。
「だって……天田くん、すごくしっかりしてるし、そういう大人っぽい部分につい甘えちゃうっていうか」
「大人っぽい……」
「天田くんになら話しても大丈夫っていう変な安心感があるんだ。自分でも驚いちゃうくらいに」
 いままで散々聞いてきた惚気もそうでしたけれど、よくもまぁ恥ずかしげもなくこういうことを言えるひとだと、つくづく思いました。面と向かって言われた僕のほうがなんとなく羞恥を感じています。確かに僕は『しっかりしてる』『大人っぽい』なんて言葉はもらい慣れていますし、僕自身もその自覚があるつもりですけれど、なんでしょうか、これは。綾時さんから言われると、言葉を受け取ったときの気持ちがどこか違うんですよね。胸がむずむずするというか、ぞわぞわするというか。たぶん、僕はいま嬉しいって思っているのかもしれないです。不覚でしたけど。
 なにも言わない僕に不安を感じたのか、顔色を窺うように「迷惑、かな?」と訊いてくる綾時さんに、僕はこの嬉々とした内心を隠すようにわざと大袈裟に溜息を零しました。その溜息に、こちらを向いている目が不安に揺れるのがわかりました。表情がころころと変わって忙しないひとですよね。
「……仕方ないですね。僕もあまり暇なわけじゃないんですけど、話くらいなら聞いてあげてもいいですよ」
 そう言えば、それまで萎縮していた態度が一変して、僕の両手を握り締めて「ありがとう! やっぱり天田くんは頼りになるなぁ!」と大袈裟に喜ぶので、その、あまり悪い気はしませんでした。大きな弟ができたような気分です。
「あ、ほら、これ食べて食べて! すごくおいしいから! これもね、彼に教えてもらったんだけど……」
 それから、彼が奢ってくれるという絶妙な甘さのアイスクリームを食べながら、それからまたしばらく綾時さんの惚気話に付き合わされました。耳を疑うかもしれませんが、話を聞くだけで満腹状態になることもあるんですね。本当にごちそうさまでした。もう勘弁してください。
 そんな感じで、疲労感たっぷりで帰宅した僕を、寮のみなさんはかなり心配していました。親切が身に染みるとはこういうことを言うんですね。声をかけてくれるみなさんへの挨拶もそこそこに自室へ戻ろうとすると、二階ロビーに人影がありました。それはいま僕が、出来れば会いたくないとさえ思っていたあのひとです。
「おかえり」
「は、はい。ただいま、です。リーダー」
「なんか、疲れてるみたい。大丈夫?」
「平気です。けど、すみません。今日のタルタロスはパスさせてもらって……」
「ところでさ、天田」
 さきほどからやや不穏な気配を感じていましたが、一際輝いた笑顔が見えた途端、数時間前に放ってしまった「話、聞きますよ」発言を激しく後悔しました。調子になんて乗るもんじゃないですね。
「最近、綾時と親しくしてるみたいだけど、ちょっと詳しく説明してくれないかな」

 ……みなさんも注意したほうがいいですよ。こんな、史上最大級に面倒くさいふたりに関わったところで、なんの得もないんですからね。







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