(綾主)





けたたましく室内に響いた鈍い銃声音の後、青白い光の中から現れたペルソナ。漆黒を纏い、断罪の剣を片手に、幾重にも繋がれた棺桶を背負った姿は、僕だ。そこにいるのは、確かに僕だ。
僕と彼の存在は、10年もの年月を掛けたことにより境界線があやふやになり、僕は彼で彼も僕になった。だからこれから僕を殺そうとしている彼だけれど、言ってしまえばこれは「自殺」だ。そもそも、殺すという行為が成り立つのかさえ、分からないのだけど。
生きていない者の何を奪うというのか。命なんてもの、僕には元からないから。だから、戸惑うことなんてない。その引き金を引いたら最後、いつも君たちが影時間に行なっていることと同じ。一思いに殺してくれて構わない。

僕は、そういう意味を含めて彼に選択肢を与えたんだ。せめて滅びの時までは、穏やかに過ごして欲しい。そんな、愚かな願いを込めて。


「…あれ、なにこれ」


鼻腔を擽る鉄の匂いと、床を染めあげる深紅と、その中で横たわる彼は、僕が瞬きをする間に作り上げられた。身体から力が抜けて、膝から崩れ落ちる。びちゃ、と不愉快極まりない音がした。
暗い深海のような髪が、僕は一際好きだった。さらさらなのに、少しだけ癖っ毛。それがすごく心地良い。色素の薄いグレーを宿した瞳も綺麗だと思ったし、見掛けによらず骨張った手は時折錯綜しそうになる彼の性別を如実に表すアイデンティティでもあった。
そんな彼のパーツの一つ一つが愛しかった。でもそれも全て、過去のこと。髪が風に揺られることも、その瞼が上がることも、手と手を握り体温を分け合うことも、出来ない。

目の前の彼は、亡骸だった。


「あ、れ…なんで、なんでなんでなんで、どうして」


僕は何をした。否、何もしていない。僕自身は何も。ならばなぜこうなった。どうして。両手で自らの髪の毛を振り乱しながら、ほんの数秒間の出来事にまつわる記憶の糸を必死に手繰り寄せた。
死神は、宿主である彼自身を殺した。宿主が死んでその死神も、刀身を血で濡らした突き刺した剣も、跡形もなくなくなってしまったが。事実、彼は動かない。
やはり人は、どこまでも思い通りにならない。少なくともこれは僕が望んだことではなかった。でも彼は望んだから。

数分前を遡ってから、はっとした。あれ、彼は、彼は頭を撃ち抜く前に何かを口にしていた。それを聞いて、頭の中で処理する前に銃は鳴き声をあげていたから、記憶の片隅に追いやられていたんだ。


(おまえをころせというなら)
「お前を殺せと言うなら…」
(ぼくにしねということとおなじだ)
「僕に死ねということと同じだ…」


そうだ。僕は思っていた。僕は彼で彼は僕だと。なら彼の言葉も、なるほど、筋が通る。僕を殺してくれ、と頼んだから彼は自分を殺した。僕の望みは果たされていることになる。

でもその屁理屈の裏にあるのは、やはり彼の愚かな優しさだろう。わかるさ。だって、君は僕だ。


「うん、僕も…君に殺せと言われたら…僕は僕を殺すだろうね…」


血の匂いを纏った彼の亡骸に縋りながら、最高の幕引きだと笑った。
だけどひとつだけ。君は自分を殺して、僕を殺すことから逃げたのかもしれないけど、どうせ遅かれ早かれ避けられなかっただろう。その扉の後ろ、彼女が、彼女たちが立っている。
結局、エゴイズムで生んだ最後なんて、誰も幸せになれないんだ。なんて呆気ない物語の果て。



空弾と銃声と凡庸な終わり



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