(主人公)





《巌戸台、巌戸台・・・次の列車が最終となりますーーー》


イヤホンの間から微かに聞こえるアナウンスは、簡潔に終電の案内を伝えていた。閉じていた瞼を開ければ、自分以外疎らの車内、車窓から見えるのはライトアップされた大きな橋。
手すりに背をもたれながら、次の駅が入寮予定の建物への最寄りだとぼんやり考える。最新鋭のモノレールの心地良い揺れに再び眠気を誘われるが、ゆっくりと停車速度になる電車から降りなければならない。

閉まるドアを背に、閑散としたホームを見渡す。自分の他にも会社帰りのサラリーマンや、まだ遊び足りないと顔に書いてある若者がいる。
改札口に向かうために一歩足を踏み出したと同時。絶えず流れていた音楽に一瞬ノイズが入ったように思った。が、それも束の間。瞬きの間に音楽は再び流れ始める。
さて、洋楽は手広く聞いているが、こんな曲プレイヤーに入れていただろうか。男声ラップに混じり、力強い女声。耳に馴染みのない音をBGMに、折り畳んだ地図に目を通す。




「こんにちは」


顔を上げると、自分がいた。
右目を隠した長い前髪と、ホワイトグレーに染まる瞳。着ている服は、先日購入した転校先の制服だろうか。その制服も、随分と破け、汚れ、痛々しい。切れているのか、口の端には固まりかけた赤黒い出血。
それから。右手に剣を、左手には銃を。そうして立ち向かうものは、自分でもわかるほど圧倒的な力を持ち合わせている大いなるもの。

ここは、何かの胎内だろうか。


「はは、そっか。『君』は『これから』、なんだな」
「意味が分からない」
「皮肉な話だよ、全く」


こっちは終着目前っていうのに。吐き捨てた台詞と共に、ぜえぜえと荒い息を吸っては吐き出しの繰り返し。それでもそんな異様な光景を、切り取られて額縁に入れられた絵画を見るような、それはまるで他人事だ。当たり前だろう、自分のことではないのだから。


「だよな。僕もそう思った」


考えを読み取られた。同意を示した相手は相変わらず肩で息をしながら、それでも、と言葉を続ける。


「必死になって、『全て』を賭けてみるのも、なかなかに気分がいいんだ」


君はどうだろうね?余裕があるとは言い難い、口角を無理矢理上げたような笑顔を作りながら、自分に向かってそんなことを言う。
何と答えたら良いのか、それとも考えたくなかっただけなのかもしれない。いつから使っているのかも分からない常套句は、ここでも俄然発揮された。


「ど…」
「どうでもいい!」
「は…?」
「それでこそ、君であり、僕だ」


再び先を読まれたかと思えば、その顔は先ほどまでの苦痛に満ちたものではなく、清々しいという言葉を体現している。
右手の剣を手放し人差し指を立てた彼は、その指で真上を指し示した。


「最高の1年を、君に保証する。

…だから、そうだな、君の名前を教えてほしい」


(名前?名前なんて…そうだ、ーーの名前は…)





辿り着いた寮で待っていたのは、囚人服の少年と、同年代の女子が二人。岳羽と名乗った相手に、自分が自分である証を舌先に乗せる。
名も知らぬ少年に伝えそびれたその名前を、一言一句間違えずに。それはまるで、先ほど紙面で交わした契約とやらよりも余程強い効力を持った呪縛のように。

それは2日後に、一つ目の試練としてやってくる。この時の自分は、まだ何も知らない。知らずにいれたら良かったと、後に思うのかもしれないが、後戻りなんて出来るわけがなかった。


「結城理です、よろしく」





春が死に、春が生まれた
(P3M公開おめでとう!&100000hitThanks!)



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