(4主+3主+綾)





清潔感の漂う真っ白なシーツが、天井の蛍光灯の光を跳ね返して、少し目に痛い。目をこすると、忘れてかけていた睡魔に襲われたが、そこはぐっと堪える。
もう何度、この行動を繰り返したことだろう。腕時計は11時過ぎを示している。そろそろ起きてくれてもいい頃だと思うのに、お構い無しに気持ち良さそうな寝息を響かせているのは、今朝俺が連れ帰ったその人だ。

壁に掛かった制服を見て、やはり修学旅行先の高校は、彼の出身校だったことを改めて知る。夢の中では得られなかった確信が、今ようやくものに出来た。
不思議な縁だと思う。彼の軌跡を、知らぬ間に辿っていた自分の運命。だからこそ、俺がやったことは間違っていなかったと思いたいのだ。たとえ彼自身から批難されようとも。


「………」
「あ、起きた」
「…おは、よう」
「おはよう」


起き抜け特有の、掠れた声で起床の挨拶。そのやりとりが、普段から行われているかのように自然で(もちろん彼と挨拶を交わしたのはこれが初めてだ)お互いに初々しさは微塵も無かった。
彼は、ゆっくりと二回、瞬きをした。ここが何処であるか、自分がどんな状況の下に置かれているか、だいたいのことは予測していたのか。並外れた冷静さで一言、帰ってきちゃった、と呟いた。
それでも、後悔、の色は伺えない。


「ここは?」
「八十稲羽」
「やそいなば…知らないな」
「俺が、あなたと同じように、大切な仲間と一年を過ごした町、のはずだったんだけど」


そうだ。全く、本当に、不思議な話だ。世界は、都合よく事実を改変させ、それによって出来た隙間に彼をするりと投げ込んだ。俺の時間さえも巻き込んで。

本来なら今日、俺は、思い出が溢れすぎたこの町を離れる、というシナリオがあった。もう台本だって出来上がり、俺や仲間たちという役者もその幕切れを待っていた。
しかしおかしなことに、そんな事実は虚構の彼方。今日、都会へ帰るわけでもなし、仲間たちに見送られることもなし。ただ普通の、春休みを送っている「体」になっている。

それだけではない。


「なんか、重病人扱いされてたよ」
「え、ほんとに?」
「病院の人に怒られた。『病人を連れ出すなんて!』って」
「そんなバックグラウンドがあるとやり辛いんだけど…」


先程看護師の方に訊いた。先日転院してきたこの人は、しばらくの間病床にいたという。
それが最近になって学校に通えるまでに回復したので、息苦しい都会から過ごしやすいだろうこちらの高校へ復学するだとか。
とはいえ、これも全て後付け論に過ぎない。この人は居なかった、それが事実だ。しかしそれも、俺がいまここにいるというイレギュラーな未来と同じように、俺という「世界」が都合良く捻じ曲げた現実である。

彼は一言、すごいね、と言った。そのまま、天井に付けられた蛍光灯の光に目を細め、微かに笑う。俺は、なんと声を掛けたら良いか、この人との会話にどんな言葉を用いたら良いか、それしか考えられなかった。
不思議な人。俺はなぜ、彼を助けたのだろう。その根本的な感情は、見出せずにいた。


「…なあ、ヒーローくん」
「それは、貴方のほうだ」
「僕はヒーローじゃない」


語感が強くなった。彼のはっきりとした拒絶に、思わず口を閉ざしてしまう。分かり切ったようなことは、言わない方がいい。


「僕は自分の都合であの道を選んだ。世界を救う?そんな立派な大義名分があったわけじゃないさ、ただ側にいてやりたかった」
「…あの子の?」
「そう、あいつのね。でも生半可に期待させただけだった。永遠なんてあり得ない。そんなこと、僕だって分かっていたよ、でも認めたくなかった」


カーテンが、少し揺れる。淡々と話す彼は気付いているだろうか。否、この様子だと答えはノーだ。
遠くを見つめ、何かを思い、憂いている表情は、とても正直である。読めない人だとばかり思っていたが、それは単なる先入観に過ぎなかったのだろうか。

(まだだよ、もう少し待ってあげて)


「だから、ありがとう」
「何に対しての感謝?」
「そんな悪循環を、断ち切ってくれた」
「…そんなに、本心を隠す必要が、ある?」


閉じ掛けていた瞼が持ち上がり、じろりと俺を見つめる瞳。今までの反応とは違う、核心を突かれて驚いたという反応だろうか。
さあ、もういいよ。待たせてごめん。声に出したわけではないが、その空白の時を、カーテンの向こうの彼は汲み取ってくれたのかもしれない。

隙間から覗いた黄色が、視界の隅で揺れる。それを捉えた彼の瞳が、はっきりと意志を持って見開かれた。それから、二人の鼓動が重なって、俺にも伝わる。洪水のように押し寄せる猛々しい感情の波。


「…来ちゃった」


居心地の悪さを感じているらしく、両手はきつく握り込まれている。それはまるで、彼からの拒絶を恐れて震える自分の身体を抑え込むような仕草にも見える。
何を、恐れる必要があるのだろうか。二人の関係性を知るには、俺はあまりにも未熟で無知だった。だからこそ、そんな二人へ無謀にも首を突っ込み、引っ掻き回したのだ。そしてそれが良い方向へ転ぶだろうことを、俺は確信していた。なんて、少し無責任だろうか。

と、右腕に衝撃。これは骨にまで響いたかな。思わず顔を顰めるほど強烈なパンチを、この右腕で受け止めた。パンチを放った本人は、拳を震わせたまま布団に顔を埋めている。
俺と綾時くんは、顔を見合わせる。しかし、布団の合間からくぐもった声を聞いた途端、俺は不覚にも笑ってしまった。


「あぁ〜…もう…お前らなんて嫌い!」
「里於くん…あの」
「うるさい!ばーか!」


大切な人と一緒にいられないなんて残酷すぎる。それは俺もよくわかっているから、うん、これでよかったんだよな。



世界で一番近くにいた人



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