(4主+花) 家に、帰ってきた。いや、帰ってくることが出来た、と言った方が、今日俺たちがやり遂げたことの重大さがより鮮明になるだろう。そう、自分の部屋がとても懐かしく思えるのも、全てが戦いの果てに得たものだ。 達成感と、それから少しの寂寥感。目まぐるしく駆け巡るそれを身体の内に克明に感じた。本当に終わったんだよな、自問に返ってくる言葉はもちろん、肯定。 風呂上がりで火照った身体は心地よく、そのままベッドへ倒れこむように横になる。やはり風呂だけではこの全身のだるさは取れないようで、重く、何処までも沈んでゆける気がする程、酷使した身体は限界にまで疲弊していた。 このまま眠ってしまおう。濡れた髪を軽くタオルドライし、この睡魔に身を委ね、瞼を閉じた時だった。スウェットのポケットに入れた携帯が震え、着信を知らせてきた。 本当は、指一本でも動かすことが億劫であったが、ディスプレイに表示された名前を無視することは、俺の良心の下憚られた。 『あれ、寝てた?』 「んーん、寝そうなところだった」 『やっぱり』 電話口で、微かに笑う音がする。つられて俺も笑えば、なんと普通の日常なのだろう。いつも通りのやりとりが、その日常に錯覚を起こさせる。 やったんだよなおれたち、まるで独り言のように問いかけたら、ああ、と答えが返ってくる。頷いてくれた彼の声は、俺の胸にじんわりと染み込んだ。 取り柄のない俺でもやれることを見つけ、人を疑うことの辛さを知り、真実に手が届くかもわからない中、彼に出会い、信頼する仲間と手を取り合って歩み続けた。 これがすべて、たった一年の間に得たもの。俺には少し、多すぎるほど。 「俺さぁ、お前にめちゃくちゃ感謝してるんだよ」 『知ってる』 「ですよね…」 『でも、それは俺も同じだよ』 それまでの少々ふざけたやり取りが一転して、いつも涼しい顔して物事をこなすあいつが、俺に感謝をしている、だって。 姿勢を正したくなって、ごろごろと横にしていた身体を起こし、膝を抱える。ぎゅうぎゅうと縮こまり、気恥ずかしさをやり過ごそうとするが、隠しきれない。 『ありがとう、陽介』 「あ…うん…」 優越に浸るわけでは無いけれど、正直に嬉しかった。しかし身体中がむず痒くなるような言葉に、足の指先がもぞもぞと動く。 出会えて良かった、って多分いまこの俺の状態を指して言うんだろうな。都会にいた頃じゃ、こんなことも「くだらない」で一蹴していただろうから、すごい心境の変化だと思う。 少しの無言が続く。 それでも、こいつが明日には帰ってしまうことに変わりはない。会えない距離じゃないから引き止めて困らせようなんて思ってない。それでも思うのは。 「寂しいよなぁ、うん」 『何が?』 「いやいや、こっちの話」 『…あのさ』 話の転換。切り出したあいつの次の言葉を待つ間、俺は明日を笑顔で迎えられるかどうかを考えていた。 反面、妙な違和感を電話口のあいつから感じていたのは、杞憂だろうか。決定的な、確信的な理由はわからないまま、胸に鎮座する。 この変な既視感は、これまで感じてきたものと同じ。 『…やっぱり、いい』 「そ、そっか」 『じゃあ、また明日』 「また、明日」 ぷつり。通話の切れる音が聞きたくなくて、俺から切ってしまった。後悔先に立たず、なんて言葉がいまの俺にはよく似合っている。 (そろそろ、0時) 抱えていた膝を解き、自分の部屋に備え付けられたテレビを注視する。雛壇に佇むたくさんの芸能人、ありふれた深夜枠のトーク番組。 真実を追うなかで、テレビに視線が向いてしまうことは、既に癖として自分の身についていた。 壁に掛けた時計の長針と短針が12で重なる時、携帯のディスプレイが0:00を示す時、それは起きた。 まず部屋から明かりが消えた。賑やかだったテレビは電源が落ちている。握られた携帯も電源ボタンをいくら押したところで立ち上がる気配がない。 外がやけに静かだ。人の生きている場所ではなく、これは。俺は、この感じをよく知っている。 「これ…なんだよ…っ」 家を飛び出したその先で目にしたものは、道に点々と並ぶ棺の存在。辺りの住宅からも明かりは消え、穏やかな街が不気味な色に染まっている。 緑を帯びた一面の景色に、どこから漏れているのかわからない赤色。テレビの中とは違う、眼前に広がる異様な光景を飲み込むには、少し時間が掛かって。 あいつは、大丈夫だろうか。そもそもこのような空間に放り出されたのは俺だけなのか。今まで共にしてきた仲間は。 焦りばかりが募り、気持ちをはやらせる。繋がらない携帯をポケットにねじ込み、駆け出した足が向かうのは、堂島家。 どうか、俺の感じた杞憂が、大きな何かを生み出すことのないように。頼む、頼むから。 こたえを知らないままでいる その頃の相棒が、とっても大切な、そう、別の意味での大きな何かを成し遂げようと頑張ってるなんて、俺は知らなかったんだ。 |