(綾主)





「望月綾時は今宵、君とさよならをします」


彼の部屋で二人きり。それからまず僕が初めに言った言葉はこれ。彼は口をきゅっと結び、黙ってそれを受け止めてくれた。
生かされても殺されても、日付が変われば闇に溶けてしまう僕の身体。だから、さよなら。僕は彼を見続けるけれど、僕が彼に目視されることは、もう無理なのだ。彼の美しい瞳には、映ることすら出来なくなってしまう。
それは、会えないってことなんだよね。とても辛く、堪え難いことでも、世界はそうやって僕らを創り上げてしまったから。


現在、大晦日の23時50分を過ぎたところだ。あと10分足らずでこの世界に新しい一年が訪れる。その一年に、僕は存在自体を許されていない。
今年は、例年にも増して寒波が強く、厳しい寒さが襲う大晦日だと何処かで聞いた。確かに少し肌寒いような気がして、口元までマフラーを引き上げた。ほら、こうすると少しは人間「らしい」仕草に見えて、誰も僕が滅びを告げた化物だなんて思ったりしないだろう。
だって実際、寒さや暑さと形容するものを感じたことがないのだから、僕にはそれがどういうものかわからない。だから、人間「らしさ」なんて本当のところ知るわけもないんだ。

でも、あの時。彼の部屋を出る前に数秒の間だけ彼が握った僕の両手は、温かさというものを知った。わかったんだ、この身で彼の体温を。
指と指の隙間を埋めるように握られた両手は、決して表情に出すことはなかった彼の執着を表すように、強い力が込められていた。それが僕を離れ難くさせて、ずっとここにいたいと思わせた。

今はもう、あの温もりは消え失せている。僅かな時間でも、あの幸福は僕に大切なものをくれた。
両手を見つめ、ゆっくりと握り締める。この掌に詰まった様々な思いが零れないように。

先程、寮の皆に伝えた言葉が反照されるように胸に落ちた。望月綾時という人であったものが生きたことの証を残したくて、年末に用いるこの決まり文句を言ったんだ。


「よいお年を」


っていうんでしょ、年の瀬はさ。

それに対して君が「ばか」と言ったことも、最後に見ちゃった辛そうな顔も、全部抱えて僕は消えることにするよ。



最初からね、決まってたことなんだよ



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