(4主+綾時/ これの続き)



(君はただ、怖かっただけなんだ)

怯えた猫のような目をしているなぁ、と、思ってしまった。そう思わせるような威嚇の目が、俺を射抜いている。手を出したら、噛み付かれてしまいそうなほどに。

さっきまで、ほんの数刻前まで、お互いの身体が尽きる勢いで命のやり取りをしていたことが、まるで嘘のように思える。
相手が見せる無駄の無い動きと、素早い判断能力と、余裕に溢れた表情は、自分よりも何枚も上手で、途中何度も挫けそうになった。

それでも成さねばならない事があり、俺はそれに妥協しないと決めていた。
それだけはどうしても譲りたくなくて、俺をここまで導いてくれた彼を、今度は俺が導く番。俺が俺に課した決意みたいなものだけが、俺の足元を眩しく照らしていた。

でも、そんなに上手く事が運ぶなんて思っていない。連れ出すことって、手を引いてやるほうも、掴むほうにも、勇気がいるから。


「もう、傷付けないから」
「…帰って」
「ごめん」
「帰れったら!!」


傷だらけで横たわる彼を抱えた少年もまた同じように傷を受けている。必死に声を上げて、抗うように。
彼らは、同一だった。黄色を纏う少年は、僕のもう一つの人格だと、彼は仄かな喜びを以て話していたと思う。

その彼も、今は瞳を閉じて、意識は遠く深く沈んでいる。俺と少年だけで支配されたこの空間で、何を思おうか。


「一緒に喜んだり悲しんだり、高望みはしない…そう、僕はただ彼と過ごしたかった!」
「うん」
「君は、酷い。何もない僕から、僕の総てを取り上げる君は、残酷だ」
「そうじゃない。…そうじゃないんだ」
「うるさい!」


話もまともに聞いてくれそうにもないその様子は、彼の言うように駄々っ子に違いない。キッと向けられた鋭い視線には、確かな憤怒が含まれていた。
俺は、話を訊いて欲しかった。二人との距離を詰め、蹲る少年に歩み寄って手を差し出す。が、物凄い勢いで手を叩かれ、ひりひりと痛む手の甲を摩る羽目になった。思わず、苦笑。

目線を合わせるように、しゃがみ込む。それでも、こちらと向き合おうとはしない頑なな態度。
なんだか、抑圧されたシャドウと向き合ってきた仲間たちを思い出す。彼らも、こんな心境だったのだろうか。その過程も無く、ペルソナを発現した自分には到底想像も出来ないのだろうと思っていたけれど。

(どうか、今から俺が伝える言葉に、言霊が宿りますように)


「一緒に行こう」
「…いま、なんて」
「一緒に行こう、いや帰ろう、かな」


びっくりした顔。丸く青い瞳から、先程までの威嚇の色は消えていた。それでもやはり、そんなことは不可能だと言うように少年は嘲笑を浮かべるのだ。


「むりだよ」
「やってみなきゃわからないから」
「君は…僕という存在の恐ろしさを知らないから」


そんなことが言えるんだ。最後のほうは掠れててよく聞こえなかったけれど、少なくとも可能な事だとは思っていないようだった。

じゃあ、行動を示せば、信じてくれるのだろうか。二人の背後にそびえる大きい扉。封印となった彼の姿は見るに堪えないものだ。
カードを割る。現れたのは、さっきまで彼の精神へ向けていた自分の人格。精神ではない。今度は彼自身を、

(鎖を切ってしまおう。そうしたら、扉の先には何がある?生か?死か?それとも無か?いずれにしても、何の問題もないな)


「…情けない顔してるよ」
「だって…こんなの……」


さっきとは違って、信じられない、と分かりやすいくらい顔に出ているものだから、まるで百面相だと笑ってしまう。
扉をどうするとか、解けた封印の穴埋めだとか、そういうこと考えていたら、俺は多分後悔したと思う。後先考えず、って少しだけらしくないことをしたかもしれなくて、妙に清々しかった。

もう一度、手を差し出す。今度は叩かれることはないだろうと多大な自信を持ってのことだ。自分を見上げる黄色の存在は、不意にテレビの中を彷彿させた。


「名前、訊いてなかった」
「…」
「君は、君だから」
「…綾時。望月、綾時」
「そっか」


よし、帰ろうか、綾時。
そう声をかけると、幼子がするように顔をくしゃくしゃに歪めていた。そうして差し出した手に、恐る恐る乗せられた綾時の手を感じながら、俺は心から安堵していた。



おいで、こわいことはなんにもないよ



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