(キタ+ハム+荒/キタハム双子設定)





事の発端は、あいつの言葉だ。


「バイトしてください!」
「嫌だ」


なんでですか!と声を荒げ、一向に引き下がる気配を見せない。あまりにもしつこいので手に持っていた雑誌で押し退けたのだが、それでも屈しない。正直うるさい。
傍にうずくまっているコロマルも鼻を鳴らしたきり俺達のやり取りに入り込もうともしない。空気でも読んでいるつもりなのだろうが、この場合逆効果である。


「男性スタッフ足りないって里於がいってたんです!ちょうどいいじゃないですか!シャガール!」
「へらへらとした面貼っ付けたまま接客なんて器用なこと、俺には出来ねぇ」
「やる前から諦めちゃだめです」


俺の手を取りじっと見つめる姿に、あ、豆柴っぽい、なんて思ったりする。しかしここで絆されては全てのことが流れに任せて赴いてしまうだろう。いや、絶対にだ。
しかし意外なことに、俺と同じように愛想笑いを苦手としそうなこいつの兄貴も、接客業をこなしているというのだから驚きだった。


「荒垣さんがバイトしたら、コロちゃんのご飯が今よりもっと豪勢になるかもよー?」
「ワン!ワン!」
「よし!二人でお願いのポーズだ!」
「キューン…」
「ちくしょう…お前らな…」


むに、と頬を挟む肉球の感触。切なく響いた高い鳴き声。こんなの、反則だろうが。



「先輩、柚に甘すぎ」
「うるせぇ」


最終手段にコロマルを使うとはなんて卑怯なやつだろう。不覚だとしみじみ思う。
数日前に面接を終え、不本意ながらにも採用となってしまったことに今更深い後悔の念が押し寄せる。嫌だ、帰りたい、逃げ出したい。
洗ったばかりの真っ白なカップとソーサーを丁寧に拭きながら、溜息を零してはみるものの、隣の少年はただおかしそう笑うだけだった。


「まぁ、黒エプロン似合ってますし、いいんじゃないんですか。柚も先輩のそれが見たかったみたいだし」
「てめ…他人事だと思って…だいたい誰のせいで…」
「可愛い妹のお願いを、無下に出来るわけないでしょう」


この兄にしてあの妹あり。最低だ、動機が不純すぎて目眩が起きる。
このあと混みだしてきた店に合わせて、キッチンからホールへ駆り出された成瀬は、普段の無気力な姿とは違っていた。
最初は目を疑ったが、こうして色んな顔を使い分けられることは、ペルソナを付け替えるあの能力にも少なからず影響しているようにも思え、妙に納得している自分がいる。


「器用な奴…」
「先輩も呑気に食器拭いてないで、こっち手伝ってください」
「………」


さて、こんな人使いの荒い後輩のいる職場、いつ辞めてやろうか。



愉快なアウェー戦



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