(4/クマと) そこは、進んでも進んでも、終わりも始まりもない、果てない道だった。辺りは濃い霧に包まれている影響で、思うように視界も利かない。 もうだいぶ歩いたはずだ。ぴこぴこと鳴る自分の足音だけが、ここに存在している。一人だけの世界。…いや、一人、なんて形容はおかしい。 でも、人に成りたかった。人として愛されたいと思った。幻想とも呼べる願いは、自分の存在意義すら忘れさせる。 その結果、誰を助けるでも、傷付けるでもない、中途半端な存在となってしまった。 (センセイ…) 「こんにちは」 自分だけの世界に、突然現れた誰かの声。俯いていた顔を上げて辺りを見渡してみたが、やはり濃い霧のせいで視界が悪い。 それからもう一度、君の横にいるよ、と声を聞いた。そこで漸く、自分の隣に小さな影が立っていることに気が付いた。 人、だ。人間の子供だ。自分よりも、ほんの少しだけ低い背丈の男の子だった。白と黒の横縞の服を着て、瞳は綺麗な空色の…。 「君は、誰なの?」 「さぁ…誰だろうね?」 行こう、出口まで送ってあげる。そう言った不思議な男の子は、自分の手を掴むと、しっかりと握りしめて歩きだした。 方角も、今どこに立っているのかもわからないはずなのに、彼は全てを把握しているように的確な道筋を辿っているような気がした。 「ここは、寂しいところだね」 「………」 「僕も、君と同じように、迷ったことがあるよ」 「…クマは今、迷ってるクマか?」 自分でもわからない。けれど、こうして途方もなく歩き続けても答えが見つからないことは、迷いというものを明確に示しているに違いない。 だけどそんな世界に、自分の手を引き導いてくれる存在が現れた。なすがままに歩いていくだけだったが、それでも確実に何かへ近付きつつある。 隣の彼は、笑っていた。でも、楽しいというわけでも嬉しいというわけでもなく、ただ笑っているだけだ。そこから読み取れるものは、なにもない。 「君は、間違えちゃダメだよ」 「間違う?」 「自分のこと、それから皆のことを、大切にしてあげてね」 「でもクマ、シャドウだから、みんなと一緒にはいられない…」 「それは君が決めることじゃない」 ほら、お迎えが来たよ。そう言って彼が指し示した方向から、うっすらとした光が近付いてくる。その光が車のライトだということを確認出来るようになった距離で、それは動きを止めた。 自惚れかもしれないが、まるで自分の乗車を待ち侘びているようにも見えた。後ろからポンッ、と押されて、一歩前へとつんのめる。 「訊いてごらん、ぶつけてごらん。君の世界の彼らなら、きっと総てを受け止めてくれる」 「き、君は?行かないクマ?」 「うん。だって、ここから先は君の物語だもの」 目を閉じて、淡々と話す彼の姿は、少しだけ自分と重なって見えた。もしかしたら、彼も自分と同じなのかもしれない。人になりたくて、人の形をとった、人にあらざるもの。 でもそれを訊いてしまうのは、少し憚られた。最初に尋ねたときだって妙にはぐらかされてしまったのだから、ここまで導いてもらった上にしつこく訊くのは失礼なのかもしれない。 もう一度優しく、後ろからポン、と後押しされる。今度は地に足をつけて、しっかりと歩きだした。 あの車が、自分の至るべき場所なのだろうか。それは、やってみなければわからない。ただ、今の自分には、ここしか選択肢が無いのだ。 車のドアに手を掛ける直前になって、元来た道を振り返ってみた。しかしそこに人の影はなく、在るのは濃い霧に包まれた視界だけだった。 それでもお礼を言いたくて、もう見えなくなってしまった彼に叫ぶ。 「ありがとう、クマー!!」 僅かにだけど、目を刺すような黄色が靡いて、視界の隅を掠めたような気がした。それはまるで、テレビの中の空間の。 (じゃあね、僕が選ぶことの敵わなかった未来を、今を生きる君) ゆるやかに終点を迎えます |