(女主+順/これとリンク)





ほら、まただ。自分には何の意思も無いのに足が勝手に動いてしまう。気付いた時には既に部屋の前だったし歯止めを利かそうにも何処かネジが外れたように体が其処を求めた。そんな夢遊病とも取れる行動が、最近は何かがきっかけになったのか頻度が増している。
誰も使わない2階の空き部屋。鍵が掛けられたままのこの部屋に何があるのかも知らない。耳を凝らしても何か聞こえるわけでもないのに。もう何度目になるのかもわからない「考えの断念」に溜め息をついて、扉に手を添えて額を付けた。

隣からだろうか、微かに声が聞こえる。右隣は順平の部屋だったはず。数少ない来客でも居るのかな、と思って、気付かれないようにその場を後にする。


「おー、帰ってたのかー」
「あ…順平…」


ラウンジに行こうとした時に後ろから聞き慣れた声に引き留められる。彼は既に私服に着替えていたので、今日はタルタロスは行かないのかもしれない。私も、今日は行く気にはなれなかった。
部屋に綾時くんが来ているらしい。クラスメイトの無邪気な顔を思い浮かべて少しだけ笑みが漏れた。でも、あまりにも窶れた笑いに、彼の顔が少しだけ翳りを見せた。順平は優しいから、人の気持ちに敏感だから、すぐに大丈夫かー、と心配して声を掛けてくれる。


「よし、お前のも奢ってやるよ、どれがいい?」
「え、いいって。悪いよ」
「遠慮すんな。どうせ俺の金じゃなくて綾時の金だから」


それは奢るとは言わないんじゃ、と言いかけた言葉を飲み込んだ。掌にはチャリと音を立てて小銭が握られている。順平は私に拒否権を与えるつもりは無いらしく、手際良く小銭を投入口に滑らせている。自分の分と私の分のボタンを賺さず押して、受け取り口からガコンと一気に二本も出てきた。
手渡されたのは四谷さいだぁ。キンキンに冷やされている。よく見ると順平も同じものを持っていた。お揃いだな、と笑い掛けてくれる。彼こそ、近頃はあの少女から見舞いへの拒否を示されたと落ち込んでいたのに、人の事ばかり気にするから。そうさせているのは他でもなく自分なのだけど。

順平は自販機と睨み合っている。120円均一の商品に対して、綾時のどれにすっかなー、と唸り声を上げながら。


「………これ、」
「柚葵?」


瞬間、頭の中心がひやりと冷え切った。奥の部屋へ無意識に向かってしまう不可解な行動を起こす時とまるで同じ。考えていた事が全てまっさらになって、自分だけが世界から切り離された錯覚を起こした。
押したボタンは剛健美茶の欄。時間差で聞こえてきた受け取り口からの音で、私も、順平も我に返ったようにお互いを見合った。私自身も何が起きたのかよく理解出来ず、押してしまった自分の人差し指を見つめてみる。


「ごめ、ん。勝手に押した」
「まあ、お前が選んだって言えば綾時も喜ぶって」
「……望月、綾時」


ぼそりと呟いた名前に、何の違和感も無かった。ただ不思議な事に、あの瞬間私は彼の事を「分かりすぎて」いた。何の根拠も無しにあの飲料を選んだわけじゃない。好き、なのだ。彼が好きと思うもの。嗚呼、嫌だ、吐き気がする。断片が、散り散りになった沢山の断片が、私の中で確かに悲鳴をあげている。

(英語のノート。2階のロビー。黄色のマフラーと泣き黒子があって。三色コロネもフルーツオレも。缶がとても冷たい。口が、口が熱い。心臓が痛い。苦しい。嬉しい。共有が、嬉しくて。タイムリミットは、あと、1800秒)


「もう、いやだ」


手をすり抜け、鈍い音を立てて床に落ちた缶なんて気にしない。彼が好きなものに自分が含まれることを断片から見つけてしまったことが悲しくて悲しくて悲しくて、どうしようもなく胸が痛い。いっそこのまま死ねたら良かった。



あの足音は私を殺しに来てくれる




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