(綾主)





「もう、やめよう」


話は唐突に始まった。
放課後の誰もいない教室で、唯一僕達が「そういう関係」だと分かち合える二人の時間がそこにはあった。毎日、とは言わない。でも確かに日を追う毎にその密会の頻度は増している。

周りには言っていない。彼との関係は、他言無用のトップシークレットだった。こうして形式上の「お付き合い」をするときに二人で約束したことだったんだ。決して自惚れなんかではないけれど、僕等の理不尽ともいえる関係を知った時に悲しむ子が確かに居るからだ。
それでも自分たちは想い合っている事実を確認し合えていたので、不満は何処にもなかった筈、だった。


「……やだ…」
「綾時…」
「いやだ!!それは、できない!!」


大声なんて出したのは何時ぶりだろうか。彼が目を丸くしたのが解る。僕がこれほどまでに拒否するくらいに君を好きだっていうこと、解ってもらえていなかったのかな。そう思うだけで、目頭が熱くなって視界が滲み出したような気がした。
確かに、何時かは別の道を進まなくてはいけないのかもしれないと。ただそれは今じゃない、絶対に。まだ知らないことも、知りたいことも沢山ある。彼の温度が僕に全て移るまで、一緒に居たい。傍で過ごしていたい。

と、此処まで考えてふと思う。今の意見が、僕の独りよがりであったなら?彼に、別のいい人が出来たなら?それがもし、女の子で、あったなら?


「好きな子が…そういう、子が、出来たのかな」
「それは、」
「それならこの関係をやめても文句は言えない。でも、ひとつだけ」

「君を想う僕は否定しないでほしいんだ。遠くから、そっと、誰にも言わないから…君を好きでいさせて」


息をつく間も無く、まくし立てるように伝えた僕の本心を受け取ってもらえるだろうか。怖くて彼をまともに見られずにいた。
そうしたら頭上に、馬鹿だなぁ、って声が降ってきた。呆れたような、でもどこか笑いを含んだような、優しい声音に俯きがちの頭をゆっくりと上げる。そこには少しだけ口許を緩めて笑った彼の姿があって、僕の頭を緩慢な動きで掻き回した。毎日セットしている髪がくしゃくしゃと音をたてて崩れていく。しかしそれは彼の手に依って形を変えられたものだ。勿論不満はなかった。


「そういうことじゃないから」
「う、ぁ、成瀬くん、あの」「…ごめん、今のは忘れろ」


また、元通りにやろう。

その言葉が聞けただけでも本当に嬉しくて、ドクンドクンと脈を打っていた心臓もやっと静かになった。そうしたら不思議と笑いが込み上げてきて、崩れたように笑ったら、だらしない顔、と頬を摘まれた。
抱きしめてもいいかな。ポツリと呟いた問いに、お好きにどうぞ、と返ってきた。女の子では無いからそう易々と傷付くわけでもないのに、壊れ物を扱う様にゆっくりと抱きしめた。ああ、彼の匂いだ。肩口に顔を埋めて肺一杯に満たすと、背中に手が回り、ぎゅうぎゅうと抱きしめ返された。くすくすと笑い合う声も心地好くて、とろとろとした空気はそれから暫く続いた。
校門を出た時、外はすっかり暗かったくらいに。



オリオン




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