(天田と主/拍手ログ)





定食屋わかつ。目の前に座る少年は単体と料理を口に運んでいく。ここに来ることに対して最近は躊躇も見せず、当初は自分が無理に連れてきた部分もあったからこそ申し訳無いと思っていた。だけどこの様子なら、少しは彼の心に触れることが出来たのだろうか。
目線をさまよわせていたら、ふと、気づいた。手首に、黒。よく見れば爪の間や指の股にもうっすら付いていた。そんな自分の視線が気になったのか、彼も僕が見つめる場所に気がついてその手を慌てて後ろに隠した。


「それ、何」
「す、墨です。あれ、可笑しいな、ちゃんと洗ったはずなのに、!」


すると泣きそうに顔を歪めて力任せに墨の汚れを擦り始めたから、皮膚が段々赤くなり痛々しい。自傷行為さながらのそれを見ていられず擦って赤くなってしまった手首をそっと手にとった。水気の無くなったおしぼりを、幸いにもまだ口を付けていなかったセルフサービスの水で湿らせてから、そっと拭った。おしぼりについてしまった墨は落ちが悪い。店の人には悪いけれど、目の前で仲間が傷を作るのは見たくは無い。


「そんなに擦ると、痛くなる」
「ごめ、んなさい」


綺麗に汚れの落ちた手首は些か赤いままだった。ありがとうございます、聞こえるか聞こえないかの尻すぼみな声はきちんと聞き逃さなかった。

この墨は、学校で習字の授業があったから付いたものだった。そういえば、と自身の曖昧になりつつある記憶を思い起こしてみると、彼くらいの頃にはそんな授業も有ったような気がする。


「好きな言葉を、書いていいって、言われたんです」
「うん」
「でも…、……」


話が進むにつれて、天田は言葉数も少なくなって最後には複雑な表情で口を噤んでしまった。最初の頃に比べて無言は少なくなったとはいえ、気持ちに余裕が無かったり、話すことに躊躇いを見せることは今でもたまにあることだった。そんなやり取りを続ける中で解ったことが、彼のペースで話を続けることも大切だけど、会話のレールを導いてやることも聞き手にとっては大事だった。


「なんて書いた?」
「…笑わない?絶対に?」
「もちろん」
「………オムライス」


意外な言葉が出てきたと思いつつも、暴露した本人はもっと恥ずかしそうに俯いた。でも、そんな天田がオムライスが好物だと、思わぬ所で解ったのだから。オムライスくらいなら作ることが出来た筈だ。料理を頻繁にする訳でも無かったが、人に食べさせるくらいの物はもてなせると思う。
機会が有れば作ってみる、その言葉に今まで以上に天田の顔に明るさが戻った。忘れないで下さいね、約束ですよ、絶対に!、あまりに嬉しそうに言うから、次一緒に食べる夕飯は此処ではなくあの寮のテーブルだろうか、とご飯を口に運びながら考えていた。





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