((荒)ハム+キタ)





あらがきさん。呟いた声は、きっと彼には届いていないことだろう。ピ、ピ、と規則性のある電子音と、無数に身体へ繋がれた管は、彼のほんの一握りの命綱に等しい存在だった。

どうしてこんな悲劇が起こってしまったのか。これも、定められていた運命なのか。避けることも揺らぐことも出来ない、不変の事実だったのか。頭を駆け巡ることは、誰に訊くわけでもなく、最善と言える答えのない問いばかりだった。

泣いてしまいたくて、それでも涙を流すことは許されない。ああ、これが神の仕打ちであるなら私は舌を噛み切って死んでしまおうか、それが私に出来る神への反逆だ。



「それは君の思い違いに過ぎない。泣けないのは、君自身の問題だ。誰かを理由にするのは人として最も醜いことだと思う」


低いような高いような、音階の定まらない不思議な声に背後を振り向いた。一人の少年が立っている。月光館学園の制服を身につけた彼は、まるでその運命を知っていたような口を利いている。その態度には些か眉をひそめずにはいられなかった筈なのに、苛立ちを抱えた胸は綻んでいた。


「君は僕の成せないことを成せてしまう。いまでもこうして先輩が生きていることでそれを証明しているから」
「生きている…先輩は、生きている…目を、覚ます…?」
「信じる者は救われるんだ」


まあ僕は神でもなければ人でもないから言える立場じゃないんだけど。曖昧に笑った彼に声を掛けたいと思うのに口がハクハクと動くだけ。どうしたらいいのか、自分でも解らない程に頭が掻き回されているようだった。
不意に、握っていた彼の左手がぴくんと反応を示した、ような。弾かれた様に管を繋がれたその顔へ振り向いてみたけれどやはりそこには瞼を固く閉じたままの姿で。

(いない…)

制服の彼が立っていた場所には何も無かった。夢か現実かわからない、そんな狭間での出来事のようにも思えた。
ただこの時、証拠もないのに彼の言葉にはとても信憑を持てた。この人はきっと必ず目を覚ます。こうして今も生きている。総てを悟っていたあの少年には成せなかったことが、私には出来るのだと背中を押された。


「だから、賭けてみようとおもうの。私ばかだから、彼みたいに賢くないけれど」


貴方が傍に居ることはきっと私だけが進める運命なんだ。近い未来、あの低くて優しい声で私を呼んでくれるのだと、目に見えない不安は希望へと昇華されたように思えた。

真っ白なシーツに横たわる貴方の温かい手を握る。それは2月も終わろうとしている時期だった。



優しく残す冬のおはなし



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