(荒女主)





「月が綺麗ー」
「…足、滑らせんなよ」


ジャングルジムのてっぺんに登るのは小さい頃から好きだった。空に一番近付くことが出来ると思っていたあの頃とは随分状況が変わってしまったけれど、それでもあの眩しい恒星にだって手が届きそうな事実はそのままだ。試しに片手を夜空に伸ばしてみた。でも何かを掴む感触は得られないまま、闇は私の指を意図も簡単にすり抜けてしまう。同時に、危ない、とのお咎めも受けてしまったので大人しく頂上で腰を下ろす。
嫌な顔を一つもせずに私の気紛れに付き添ってくれるあの人はやはり優しい。今みたいな子供騙しの戯言に耳を傾けてくれることも、彼だから。先輩があまりにも優しすぎる人だから。しかもその、不器用なのに過度な優しさはどうやら私限定らしいことを最近知り、とても甘やかされた環境下に私が存在していることも今更自覚した。


「気ぃ済んだか」
「まだですね」
「…ああ、そうかよ」


足場が安定しているかを確認して、両手を離してみた。鉄の棒が入り組んだ上をゆっくりバランス良く歩いてみる。地上からは遠い場所で私は立っていて、視界の際で荒垣先輩が不安そうに見ていたけれど、私は飽くまでも気付かぬ振りをした。だって今、誰よりも空を両手に抱えてる気分。最高。
それなら。次、生まれ変わるなら、種類は問わないから鳥になってみるのも一つの可能性かもしれない。風が誘うままに進路も決めずにただ風に乗るだけ。何も食べず、息をすることだって棄ててしまってもいいかもしれない。有限の時間を要領悪く使ってみるのも素敵だ。


「面白そうじゃありませんか?」
「俺は次も人型で在りたいけどな」
「ロマンが無い」
「其れを俺に求めるな」


そんな柄じゃないこと位わかってた。でもせめて、この無謀な願いを笑ってくれるぐらいしてくれれば良かったのに。求めるな、とその言葉だけで止めてくれれば良かったんだ。そして彼は至って真面目な顔で、風なら有りかも、なんて云ってくれるから足を踏み外しそうになるのだ。彼が風ならそれはそれで荒々しくもさぞ心地良いのだろうな。例え強風で翼がもげても、その痛みを分かち合えるような気がしてならない。いつからこんな幸せな脳細胞になったのかしら。


「あは、ほんとに鳥になりたい」
「止めておけ、羽毛は暑い」
「冬は暖かいですから」


まあでも、鳥に成れたところで空を掴むことも泳ぐことも出来る訳でも無いから今のこの丁度良い距離感を保ったままでいいと思う。意地でも地上を這って這ってこの人の傍に居ることが、人として生まれた私の意味であるに違いない。私がそう決めたのだからそれでいいんだ。



宇宙と溺れるサカナ




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