(荒ハム) ブランコを一漕ぎしてみる。夕日に焼かれたような空気が微かに鼻を擽ってすごくいい。女子高生が年甲斐もなくブランコ如きにはしゃぐ姿はさぞ滑稽かもしれない。辺りが夕焼けに染まる時間帯、神社内に設置された遊具がきらきらと光を纏ったように輝いて見えるのが好きで私は幾度も訪れていた。ある日は一人で、ある日はコロマルと、そしてまたある日は、 「一回転するくらい押して下さい」 「危ないからだめだ」 「心配性なんですから」 お前が心配させるようなことばかりしやがるからだ、少々ぶっきらぼうに頭上から降ってきた声に満足した。優しくてでも不器用でかっこいい大好きな声。私の申し出はきっぱり断られてしまったけれど少しだけ靡いていく風の勢いが強くなった気がした。ああやはり彼は私に弱いのだ。 「荒垣さんの手、温かいです」 「そりゃ、どうも」 「…やっぱり止めて」 次から次にああしろこうしろと煩いのは自分でもわかってた。揺れ動いていた視界がゆっくりと静止画になり地面に足が着いた。漕いでいる間、背中を押してくれる彼の手が一瞬でも離れてしまうのが妙な不安を産んで私の中でぐずぐずに溶け出てしまうようで、我慢出来なくて風を感じることを止めた。 隣にある空いたままのブランコへ座るように促すと、彼は渋々といった様子で腰を下ろした。きっとブランコなんて暫く乗っていなかっただろうし、一抹の羞恥心もあるかもしれない。だけど空っぽだった隣が大好きな人で満たされた、それだけで嬉しくてブランコを漕いでいる時よりも夕焼けに染まる景色が生き生きと見えた。 「あなたと同じ景色を見てるのが、奇跡みたいなんです」 「…成瀬、手、貸せ」 相手からの要求に少し不思議に思いながら素直に右手を差し出すと、彼の大きな左手に握りこまれる。いつもタルタロスで重い鈍器を易々と振り下ろす逞しい手。離してくれないとでもいうようにがっちり噛み合った手と手にやんわりと笑顔が広がった。感触を確かめるようにこちらも握り返したり少しよじってみる。 「珍しいですね」 「………別に」 「寮に帰っても離さないで下さいね」 すごく勿体ないから。自分に言い聞かせるようにぼやいたら考えとくと返答がきた。本当に珍しい。何があったのだろう。でも良いのだ、触れ合って分かち合って私達の存在が奇跡だと言わんばかりに此処へ刻みつけてやりたかった。 時は10月、今日は作戦日。 その唇は愛を囁かない |