(綾(主)とファルロス/2月) 「いつまでそこでそうしているつもりなんだい?」 自分とよく似た幼さの残る高めの声に、抱えた膝に埋めていた頭を持ち上げる。サンダルが見えて、白と黒の横縞が見えた。そしてそこには鏡に映したように似ている、泣き黒子をつけた蒼い瞳の。 「いいでしょ別に。ほっといてよ」 「どうしてそう君は子供なの、綾時」 子供の姿をした存在に言われたくない。むぅ、とむくれて顔を背ける。そんな僕に向かって、ファルロスはわざとらしい溜息をついた。 ここに時というものはないけれど、あちら側の時間で喩えるとしよう。あの戦いのあとにこちら側へ来て、そろそろ一月巡ろうとしていた。カレンダーがあるならば2月の下旬あたりだろうか。そして僕は今のように膝を抱えて扉越しに「彼」が来ていないかどうか確かめている。 僕らに封印を施した時から彼の運命は決まってしまった。悲しいことに、それが彼自身の望んだことだからだ。そして封印の元である彼の精神が完全にこちらへ運ばれてくるまで、もう猶予はなくなっている。 来てほしい。傍に居てほしい。だけど未来を完全に奪ってしまうことへの罪悪感。矛盾が自分の胸に空いた溝を深めた。 「もう時間がない。そんな情けない顔で彼を迎えるのかい?」 「…ファルロス、君は苦しくないの?」 「苦しいよ」 きっぱりとした即答。その蒼い瞳も揺れている。ああ、そうだった。僕らは、同じ存在だったね。 「第一に彼を、里於を生かしてあげたかった。第二に彼が愛した君だけでも、還してあげたかった」 「でも、そうしたらファルロスが…」 「だから彼は選んだんだよ」 だから僕からは何も言えない、この運命を受け止めるしかないんだよ。 悲しそうに笑った顔も僕に瓜二つ。彼はいつでも僕らを考えてくれていたのだ。その決意は彼だけのもの。僕がどうこう口を出せるものではないことくらい、知っている。まさにファルロスの言う通りだ。もう、何も言えないじゃないか。 ファルロスが僕の両頬に手を添えてじぃっと瞳を見つめてきた。それからニコリと笑って、僕の額と自身の額を寄せた。 「僕は思うんだ。君の瞳も僕の瞳も蒼い。この蒼は、長年彼を見続けてきた証の蒼なんだ」 「…うん」 「だから今度は僕らを見てもらおうよ。ずっと。天下のカリスマ様の瞳を独占できるなんて、贅沢な話だけど」 それまではこの扉の前で待っていよう。僕らの母が迎えにくるまで。ファルロスはそう言って証である瞳を瞼の下へ隠し、それきり何も言わなくなってしまった。すると僕までも瞼が重く感じる。 閉じてしまおう。彼が訪れるその時まで。懐かしい母の声を思い出して、深い眠りにつくことにしよう。 ぼくらの終わりを知ってるか |