(綾主)





どういう話の流れでこうなったのか、というのはもう覚えていない。ひとつ、わかることは、自分は彼にとことん甘く、それでいて拒否権というものを持たされていないということだ。


「よ、夜の学校って、暗いね…ものすごーく、暗いね………」
「なんだ、今更怖じけづいたのか」
「ままま、まさか!」


爽やかな、それでいて引き攣った笑顔で返され、手をぐいぐいと引っ張られる。教室まであと少しの距離。暗闇に包まれた廊下に、自分達の足音だけがカツンコツンと無駄に響いた。普段なら気にも止めないのに、それは鬱陶しいくらい煩く聞こえた。

少し時間を遡り、まだ辺りが仄かに夕日で色付き始めた頃。放課後の寄り道で、ポロニアンモールの中にあるシャガールへ行こうか、と話になった時だっただろうか(振り回されて、もう記憶が曖昧だ)
隣で笑顔を崩さなかった望月が急に慌てたようにポケットやら鞄やらを探っている。


「どうした」
「携帯…学校に置いてきちゃったみたいだ…」


机の中に入れたっきり、そのままにしていたようだ。望月は「どうしようどうしよう、女の子達のメールが見られたら〜」とかなんとか言って顔を赤くしたり青くしたり忙しない。恋愛事情はどうでもいいが、一言、取りに戻ればいいだろう、と声を掛ける。すると、折角の君とのデートを無為にしたくない!と叫んだ。やめてくれデートじゃない周りの視線が痛い。
地深く響くぐらいの溜息を零したと同時に、望月の顔が「いいこと思いついた」時のそれになった。ああ、なぜだろう嫌な予感しかしない。


「一緒に取りに行けばいいんだ!」




そして今に至る訳なのだが、どうして夜なのか。これも勿論、こいつのただの好奇心だ。夜の学校ってワクワクするね〜、とふやけた顔で言っていた。
しかし学校は夜になると閉門されるし(飛び越えてしまえばいいのだけど)、それ以前にあの塔、タルタロスのこともある。断固拒否を貫いていたのに、だめかな?と首を傾けながら強請られれば最後だ。どうしても、この手の望月には弱い自分だった。

そしてその張本人は、自分の腕にしがみついて離れようとしない。究極に歩きづらいこの距離感が邪魔で仕方なかった。
2‐Fまでの道がやけに長かった気がするが、警備の人にも見つからずに無事辿り着いた。ドアも何故だか運よく施錠されていなかった。教室に飛び込んで机の中を探っている望月を尻目に、人が来ないかどうか見張りの意味も含めて外で待っていた。


「あったよ〜」
「…よかったな」
「着信もメールもすごい沢山溜まっててびっくりしちゃった」
「望月さんはおモテになるんですねー」
「なぁに?やきもち?」


だからどうしてそうなる。今の一連のやり取りのどこにそんな要素があった。愉快な思考の持ち主を最大級の呆れ顔で見つめてやった。しかし望月は上機嫌のまま、帰ろっか、と自分の手を取り歩きだす。

手は繋いだまま、少し前を歩く望月の顔は窺えなかったけれど、この手を振り払うことも出来ずに、為すがままに歩き続ける。すると階段を下りた辺りで、ぴたりと望月が歩みをやめた。そのままこちらに向いて、淡々とした口調で話しかけてきた。


「君とこの暗闇を歩いていると、懐かしくなるよ」
「懐かしい…?」
「うん。胸が暖かくなって、それから、握り潰されるように苦しくなる」


普段とは違う弱々しい雰囲気に、一人の少年が自分の脳裏を掠めた。優しい声で語りかける、物腰柔らかな、十にも満たない、囚人服の少年だ。今はどうしているのだろう。彼が姿を消してから、もう少しで一月が経とうとしている。


「懐かしいな」
「君も?」
「…大切な友達だったんだ」
「トモダチ…」


ああ、やはり似ている。その、切なげに伏せる瞳も、声も、姿も。きっと、少年が大きくなったら、彼のようになるのだろうか。少し、見てみたかった、なんて。
繋ぎ合わせていた手に力を込める。必死に彼を引き止めたい一心だった。消えてしまわないように、この手だけでも離してしまわないように。杞憂かもしれない不安は、いつの間にか蝕むように胸に広がった。


「望月。お前は、ここにいろよ」
「…うん、僕はいつでも、君と共に在るよ」


同じ言葉。同じ仕種。胸がじくりと痛んだが、それに気付くまいと更にきつく手を握った。



カランド




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