(綾主)





(…顔、ぐしゃぐしゃだな)



うずくまって顔を両手で覆い嗚咽をあげる望月の背中はひどく小さく見えた。覆った手の合間から無数に零れる大粒の涙は、正真正銘彼のものだった。こうしていると本当に死を呼び込む厄災なのかと我が目を疑うけれど、彼が涙を流すことがそれを肯定している訳だし、この行為は余計に僕に滅びを実感させた。


「泣いたこと、なんてなかっ、た」
「でも、今すごく泣いてるよ」
「君のせい、君が作った、からだ」


君が僕の心を作ったから、こんなに苦しいんじゃないか。
あの不気味に聳え立つ塔で一人何を考えていたのだろう。望月は嘆き苦しみ続けていた。僕らは自分たちがすべき決断だけで手一杯だったから彼の苦悩になんて気付く訳も無かった。
涙腺が決壊するとき、彼は自分を忌み嫌うと叫んだ。感情を剥き出しにするところなんて見たこともなかったからそれは意外だったけど。
時計を見れば22時34分と2009年が終わるまで1時間半切っている。望月綾時が消えるまで、あと、1時間半。ここで泣いているまごうことなきヒトが、呆気なく居なくなるまでのタイムリミットはすぐそこまで迫っているんだ。


「殺してって、言ってるのに」
「ごめん、それはできない」
「……、なんで、僕なんだ」


なんで、なんで。譫言のような呟きを繰り返す望月は酷く憔悴しきっていた。人々が神と崇める存在がなんて様だ。
うなだれる頭に触れるとびくりと過敏に反応される。そんなに驚かなくてもいいのに、心の中でそっと呟きつつ、彼と同じ目線になるように自分も屈んだ。既に床は無数の涙でうっすらと濡れていた。

わかってほしい。お前は殺されたいと願うのかもしれないけれど、僕はお前を忘れたくないんだ。望月に心を作ったのが自分ならば、僕に表情を与えてくれたのはお前だよ。


「ありがとう、泣いてくれて。嘆いてくれて。お前が、望月で良かった」
「消えたく、ない」
「ごめんね、君を作ってしまって。でも僕は」
「一緒に、居たい」
「…綾時」


君を好きになれて良かった。出逢えて良かった。だから忘れたくないんだ。僕が誰かを覚えるなんて、すごいことなんだよ。だから、綾時。
誰よりも人で在りたいと願った少年は次の朝日を浴びることは無い。でもその時までは共に寄り添うから。産み落としてしまった僕を許しておくれ。




(くそ、世界はなんて理不尽なんだ)



それを終わらせるのは君だ




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