(綾主)





何の脈絡もなく望月はいきなり何かが閃いたように、そうだ、と声を上げた。ベッドで横になって微睡みながらうつらうつらしていた自分と、そのベッドの縁に座って一方的に会話をしていた望月。


「エッチしよう!」


刹那、身体を起こして奴の左頬に痛烈な右フックを入れた。ドゴンと鈍い音、右の拳に伝わる肉の感触(とはいえ彼には肉という肉がついていないようだけれど)、そして殴られた本人はベッドの縁から落ちて床に伏した。
信じられない。何が、エッチしよう、だ。お前いつから僕とそんな懇ろな関係になった。誰に対しても同じような口説き文句を囁いているのだろうか、想像しただけで背筋に悪寒が走り、胸はムカムカとしたものが燻っていた。


「もう一度その口を開いてみろ。その口、二度と、口説けなく、する」
「痛い…君の愛が痛いよ…」


ぁん?なんて言った?自分でも驚く程凄みの利いた声で伏した望月を冷ややかに見つめた。こいつ頭どうかしてる。同性に盛るなんてことがバレた日には学園中が大変なことになるぞ、それでもいいのかこいつ。
望月は、腫れてきている左頬を押さえながらゆっくりと起き上がった。遠心力も加えて結構威力のあるパンチを入れた気がするのに、それくらいの腫れで済むとは、不死身か。ただやはり痛点には相当響いたのか、涙目になって鼻をズビビと啜っている。

それからまず、自分と向かい合って、頭を下げてごめんなさいと謝った。素直に自分の非を認めたことは大変よろしいと思う。が、まだ腹の虫が治まっていないので敢えてスルーをしておいた。ますます望月が縮こまる。


「怒るのも、無理ないですよね…」
「相手を考えろ。それに、そもそも物事には順序というものがある」
「…あれ、それって」


途端、垂れていた望月の頭が持ち上がる。段々腫れが増してきているのか、いつもの甘いマスクとやらが少し歪になっていた。
それから今の自分の発言を、望月がどう受け取ってしまったのか、気付いた時にはもう遅かった。先程簡単に殴られていた人間とは比べ物にならない力で後ろのベッドに押し倒され、手首を掴まれ、まさにベッドへ張り付けられた状態。脚を動かそうにも馬乗りされているので自由が利かない。これは指一本すら動かすことを許さない、今までで一番強い束縛だった。
顔が近付いてくる。鼻と鼻がぶつかるくらいの至近距離で、穴が空くほど瞳を見つめられる。次第に心音の間隔が狭まり、その音は大きく跳ねていた。ここで目を逸らしてはいけない。直感でそう思い、いつまで続くのかもわからない見つめあいに、顔が強張る。


「…ねえ」


真剣な声だ。こんな声音、転入してきてから一度だって聞いたことはない。これも、女性を落とす、テクニックのひとつだったりするんだろうか。普段とのギャップに、頭が追い付かない。


「もちづ、き」
「順序に倣えば、いいんだね」
「違う、そうじゃなくて…」
「君が好きだよ」


ずっと、君だけを見つめていた。耳元に口を寄せて、少し熱を含んだ声で囁かれる。鼓膜に届いた声はぞわわ、と全身をぷるぷると震えさせた。
何処までが本心で、何処までが興味本位なのか。見極められない。興味本位で男を口説くなんて、どうかしている。かといって、これが本心ならば、どう応えてやればいいのだろう。ああくそ、頭の整理がつかない。泣きたくなる。


「お願い信じて。君が、好きなんだ…」


いつの間にか望月の手は、手首ではなく指と指の隙間を埋めるように繋がれていた。そして、優しい、触れるだけの口付けに身を委ねながら、目茶苦茶な順序を受け止めてしまっている自分に動揺していた。多分この時から、若しくはこの時以前から、望月の好意に応えてやる気があったのかもしれないと。

考えるのは、もう面倒だった。瞳を閉じて、思う。自分は結局、彼に流されてしまうのだ。



ロストグローリア




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テーマ「人外ファンタジー」
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