(綾主/これの続き)





青白い顔で白いシーツの上に横たわる彼は、相変わらずとても華奢だった。力のなさそうな細い手足はぴくりとも動かず、まるでこのまま眠りから覚めないのではないか、なんて、変な焦燥に駆られた。
僕に凭れ掛かってきたときの彼の軽さといったら。睡眠不足、栄養失調、これらの要因が重なって重度の貧血を起こしていた。こんな状況になるまで、そう、僕の知らぬ間に、彼はがむしゃらに何かの為に頑張っていたのだろうか。そんなの、嫌だ。彼が壊れてしまいそうで。締め付けられるような僅かな胸の痛みに、ぎゅうとシャツの上から胸を鷲掴んだ。


「気が、ついた?」
「…保健、室」
「ごめんね、僕が勝手に運んだんだ」


まだ夢と現を行き来しているような、ぼやっとした視線を宙に彷徨わせている彼が、ようやく意志を持ってこちらに顔を向けた。自分がどうしていたのか、こうなった経緯は何なのか、それは理解している様子だ。長く伸ばした前髪をくしゃりと掴んで、ひとつ溜息を落とす姿もすごく様になっている。つくづく不謹慎なことを考える自分が憎らしい。
身体を休めたからだろう、赤みが増した顔色は先程よりも明らかに良くなっていた。何よりも少しだけ余裕が垣間見える穏やかな表情。教室に居た頃の思い詰めたような険しい顔なんて、彼の美しい顔にはとてもじゃないけれど似つかわしくないんだ。


「あと1時間は横になってたほうがいいって、江戸川先生が」
「望月、お前は死ぬなよ」
「……えっ?な、に?」


寝てたほうがいいと言った矢先なのに彼は上半身を起こして僕の瞳を強い眼光で射抜いた。少しだけ、恐ろしい、と怖じけづいてしまいそう。でも確かに、彼の手が僕の手を掴んでいるから逃げることは不可能だった。
死ぬなんて、そんな非現実的なことを言うなんて、どうしたの。でもそうは訊けなくて、黙ったままの僕を見つめる彼だけがそこにいた。


「これは、今だけのエゴだから、忘れてくれて構わない」
「…うん」
「不思議な、塔が、ひとつあって。そこからひたすら俺を呼ぶ声がした。その塔は死を呼ぶんだ。俺は死そのもので、何回も何回も自殺を繰り返して過ごしてきた。だから塔は自分を欲することを解っていたし納得もしていた。だけどな」


ぎゅうぅ、握る力が強くなって彼の薄いブルーグレーの瞳が揺れている。その頬に一筋の涙が見えた気がした。実際はその頬を濡らしているものなんて何処にもないというのに。


「お前が居たんだ。お前と、お前に瓜二つの子供が、塔に居た。子供はともかく、なんでお前が居るんだ?なあ、望月、お前は、死を望むのか」
「っそんなこと!絶対、ない!!」
「………」
「あっ…ごめん…!」


思わず感情の激流に逆らえないままに叫んでしまった。ただ淡々と語る彼が怖くなってそれを悟られたくなかっただけだ。どうしよう、嫌われるのは怖い。僕にとってそれが一番恐れることだ。冗談抜きに、死に値する。僕にとって彼は世界の中心で、彼が語る言葉はすべて美しいと思える。でも僕が居る場所が死を形容する位置だということが、僕が彼を死に誘ってしまうのだとしたら、それは。


「ごめん、忘れて」
「あの、僕、君が好きだから、傍に居たくて、強欲なのは解ってるけれど、死ぬとか、そんなこと…!」
「うん。俺が悪かった、ごめん」


気付いたら穏やかな彼の顔があった。それを見た瞬間に胸のざわつきが取れた僕はなんて単純なんだろう!押し流される理解し難い感情に耐え切れず、僕は病み上がりの人間に勢いよく抱き着いてしまった。彼の首筋に顔を埋めて、思い切り泣いてしまいたかったけれど我慢をしよう。困らせたくはない。ただ僕は、彼の傍で笑っていたいだけ。

どうしよう。不安なんだ。怖いよ。この行き場のない憤りはきっと彼が昇華してくれる。こうして背中を摩って抱擁を受け止めてくれたのなら、きっとこの先だって。そう、潰されそうになる罪悪感さえも拭い去ってくれる。



どきどき




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