(綾主)





(吐きそう、気持ち悪い)


教室のざわめきさえも前頭葉にずきずきと響いた。胃には何も入っていないはずなのにせり上がってくる嘔吐感に気分は最悪、体調もピークに達していた。原因は解っている。間違いなく、昨日、羽目を外して探索したタルタロスの影響だった。山岸に止められつつも、とにかく登って、その先にある塔の謎を知りたいと願った。
12体のシャドウを倒してしまい、更には信じていた理事長の裏切りをこの身を以って体感した今、目標となるものを失ったメンバーを戸惑わせたくなかったのだ。少しでも多くの手掛かりを見つけて、この先自分たちがどうあるべきなのか。塔を登っていけば必ず何か見つかると思って少し無理をした結果が、こんな様になるとは。
昨日同行した探索メンバーにこの風邪が移っていないことを願いたかった。でも順平は今日の様子を見ている限りでは平気そうな顔をしていたし、真田先輩も体調管理に余念のない人だ。アイギスに至っては最早問題外だと思う。


ただ、本当の事を言ってしまうと、タルタロスに登る理由はこの先の指標を見つけるためだけではなかった。少なくとも自分は。
あの塔から耳には聞こえない声に呼ばれている気がしている。ゆっくりと着実に手招きをされているかの如く。その手招きに甘んじるわけにもいかないけれど、どうにも気掛かりになって仕方なかった。

しかし頭が痛い。今はまだ昼前。この状態で午後まで持つだろうか。


「顔色、悪いね」


机の傍に望月が来ていた。その顔はこちらの様子を酷く心配して情けない表情になっていた。本音をいうと、こいつのこの顔には弱い。眉を下げて心苦しそうにさせているのが、他ならない自分であること。どうしてだかとてつもない罪悪に苛まれる。
額に手が伸びてきて、望月の手の温度が伝わってきた。ひやりとした体温が額に集まった熱を緩和してくれているように、すごく心地よい。思わずもっと、と言ってしまいそうになった口をぎゅっと噤んだ。


「熱あるよ!ほ、保健室保健室…」
「…煩い、頭に響く」
「で、でも、君を、ほっとけない」


心配してくれるのは嬉しい。でも、もう少しだけ落ち着いてほしいかもしれない。尚もしつこく保健室で休んだ方がいいとまくし立ててくる望月の気遣いを無下にするつもりも無かったので、とりあえず熱を測るくらいはしてきてもいいかもしれない。ゆっくりと立ち上がって、保健室行くから騒ぐな、と念をおした。

一歩足を踏み出した時だった。地面が歪んだのかと思うくらい足元が覚束なかった。それと共に立ち眩み。視界がぐらりと揺れて頭から血が引いたようにひやりとした。
でも知らぬ間に、前に傾きかけた体は、傍にいた望月の腕にすっぽりと納まっていた。しかし起きたくても体に力が上手いこと入らない。判断力の鈍った頭で必死に考えていると、今度は段々閉鎖的に周りの音が耳に入らなくなってきた。あれ、これは少し、やばい状況なのだろうか。


「あの、保健室行くよ、いいね?」
「……な、にが………」


すると体がふわりとした浮遊感に包まれたあとに、遠くのほうで女子生徒の悲鳴に近いものが聞こえた。それに混じってアイギスの声も聞こえたような気がするけれどそこまでの理解力は今の自分にはなかった。

後々になってこの時の望月が自分を所謂「お姫様抱っこ」というものをされていた事実を知ることになるのだけれど、今はただ望月が歩く度に訪れる律動やら人肌の存在やらに目を閉じて意識を飛ばすしか道は無かった。



くらくら




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