(綾♀主※女の子シリーズ)





油断した!


「むむ、」
「別に取って食おうって訳じゃないから!…今は」
「むーっ!」


トイレに行こうと次の授業が始まるまでの休憩時間に廊下へ出た。身体は女とて行き先は男子トイレ。アイギスがついていくと言い出した時には流石に焦ったけど、なんとか説得して今日初めて自由の身になれた気がした。中に入って、さてどうしたものかと考える。
その時だ。何か強い力に腕を引かれて個室便所の中に連れ込まれる。口を塞がれてふんふんと鼻息が漏れる中、ごめんねでも静かにしててね、と上から声が降ってきた。くそ、望月の馬鹿野郎。


「大人しくしてくれる?」
「む、む、む」
「アイギスさん呼ばない?」
「む」


頷くとようやく口から手を離した。足りていなかった酸素を肺いっばいに満たそうとして深呼吸をしたら思わず咳込んでしまった。背中をゆるゆるとさすってくれる望月の手。さっきまで拘束していた荒々しい手とは大違いだ。


「ごめん、でもこうでもしなきゃ君と話せないと思ったから」
「………」
「ねえ、今日の君は何処か変だ」


変って何処が、と言いかけて喉の奥の方に詰め込んだ。普段と声域の違うこの声を怪しまれたくない、とはいえ相手は薄々感づいているという厄介な状況は、だんまりを決め込む以外出来なかった。
すると眉を下げて悲しそうな顔をする。どうしても話せないことなのかい?とも言われた。確かに頑なにする必要も無いとは思うけど、内容が内容なだけに進んで話す気にもなれない。

(なので遠回しに打ち明けてみることにしました)


「お前は女子が好きだよな」
「うん、好き!…って、あれ、やっぱり声が高…」
「なら解るだろ、煩悩しか無い望月君」


それとなく感じろよ阿呆、と吐き捨てて蓋の下りた便座の上に座る。望月ならそうペラペラと周りに話すことも無いだろうと見込んで信じがたい突然変異の事実を伝えたというのに。


「僕には今、同性と証明するものがついていません」
「ななな、成瀬くん…」
「その代わり、異性を示すものが膨らんでしまいました」
「え?え??」

なんなら触ってみるか?と無防備になっていた彼の右手を掴んで自分の胸元に持っていこうとした。触るという直前に慌てて引っ込められてしまったが、どうやら僕の言ったことを理解したのか顔が真っ赤だ。普段から女の子女の子と騒ぐ奴がこんなんで良いのか。
丁度予鈴がスピーカーから聴こえてきてトイレの中にも響き渡った。知りたがってたことも伝えてやったことなのでトイレはまた次の休憩に回してもいいか、と便座から立ち上がろうとした。だけど肩に手を置かれて押されるように無理矢理座らされる。


「何」
「ほんとのほんとに、女の子になっちゃったの?」
「だから触ってみるかって言ったろ、なんなら下を見」
「いいから!解ったから!とりあえずもっと恥じらおうよ!」


今度はこちらが相手の言いたいことが解らない。早くしないと次の授業が始まるし心配してアイギスが強行突破してくる可能性があるしそうすればお前自身に危険が迫るんだぞ、と言いたかった。だけど肩に置かれた手にぎゅうと力が込められるのが解ったのだ。そして望月の少し強張った顔。下唇をぎゅっと噛んでどこか据わった瞳で見つめられる。それから小さな声で、い、今しかない、なんて呟きも聞こえる。


「僕と付き合ってください!」
「は?」


まさか告白されるとは思っていなかったけれど。



バカにつける薬はない




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