(綾主/これの続き)





「寒い?」
「うん。とても」
「ご、ごめん…こんな寒空の下だしね」


制服に身を包んだままの彼を半ば強引に連れてきてしまった。彼や彼の寮仲間が住んでいる巖戸台分寮からちょっと歩いたところにあるこの神社には誰も居なかった。周りの木が風に揺れてがさがさと音をたてているだけの空間も寒々しさを促進させた。
彼は砂場を越えた先のベンチに座った。立ったままの僕に対して怪訝に思ったのか、視線だけで早く座れ早く話せと急かしているみたいだ。

普段あれだけ眠そうに瞼を重くさせているというのに、彼の目力は強かった。蒼に近い灰色の瞳は、自身のそれとよく似通っていると何度思ったことか。


「断られると思ってた。僕、君に避けられていたと思うし」
「…望月には、そう、見えた?」
「えっ?違ったの?」


ベンチに座るとズボン越しにひやりとした温度が伝わってきた。思わず口をぎゅっと結んで堪え忍ぶ。そしてそのまま彼の問いかけに驚きを示したから、僕の顔はさぞ変なことになっているはずだ。
少なくとも僕はあの呟きじみた告白を受けて彼から軽蔑を受けていると思った。異性からならまだしも同性。戸惑いや嫌悪を抱いても不思議ではない。
でも僕は在りのままに彼が好きだと感じた。それはほんの些細なことで彼の声と差し込んだ夕陽に照らされた輪郭が美しいと思っただけの事。だからこそ呟きとして好意を示すこととなってしまった。
その気持ちに偽りは無い。彼が僕の突飛たる好意に応えてくれようなど考えてもいなかったけれど、確かに彼は僕の隣で星の広がる夜空を見上げている。


「あの…ね。この間、僕は君を好きだと言ったけれど、それは息をするのと同じくらい必然的なことだと思ったんだ」
「うん」
「誰よりも成瀬くんを大切にしたいと思った。でもそれは独り善がりで、成瀬くんにも大切にしたい人が居るはずで、思いの押し付けは良くなくて、だから」
「望月、日本語整理して」
「あ、ご、ごめんなさ…!」


ああ、恥ずかしい。必死になる僕は滑稽にもほどがある。両手を自分の頬に当てがうと火傷しそうな温度の熱を持っていた。両手は外気に晒されたままだったので芯から冷え切っていた。
目を合わせれば羞恥心から再び熱を持つだろうと思いつつ彼の整いきった顔見たさに恐る恐る視線を上げる。

信じられなかった。彼が、成瀬くんが、僕に笑いかけているんだもの。それは今までみた表情の中で最も彼の人間らしさを主張させていた。
彼もまた僕が穴があくのではないかというほど見つめるから少しだけ頬に朱を走らせた。その流れでマフラーに顔を埋めてしまったけれど、僕の心臓は今までに無い心拍数を記録している。早鐘のようにドッドッと衝撃が伝わった。


「わからない」
「わからない?」
「何を大切にしたらいいか」


瞼を落としたまま淡々と話す声さえも小鳥の囀りの如く美しい。そして彼は続けて、大切にしたいものが明確な望月はすごい、そう言ってくれた。
彼が僕に与えてくれる言葉の全てが愛おしいと思える。上着のポケットに潜んだ彼の左手を失礼ながら拝借し、そのまま自身の右手と絡ませる。
彼のしたたかな体温が冷え切った芯にじわぁと広がった。抵抗されることが無いということは、期待に胸を踊らせてもいいのかな。だって、暖かさに比例して、君への愛しさが増えるんだから。


「きっと、多すぎるからわからない。それが埋もれてて見つからないだけだとしたら」
「成瀬、くん」
「暫くは、望月を選びたい」


瞳を見つめられ、はっきりと言われた。数多くある大切にしたいものの中から、こんな僕を選び取ってくれた。これはあの呟きに応えてくれたと、そう解釈しても良いのでしょうか。
もし、これが、期限が設けられた幸福だとしても今の僕は彼に隔たり無く触れられることが嬉しかった。しかしどうしてかこれはいずれ虚無を増やすだけだと頭の片隅でサイレンが鳴る。でも、結局のところそれはどうでもよかった。


「お前を、好きになりたいと思った。生きている心地を聞きたいと思った」


ぎゅう、と握られた右手は熱かった。でもその暖かさだけでは満足し切れない貪欲な僕は、彼の体を絶対に離すまいと引き寄せる。丁度良く腕に収まってしまうほど体は小さな体だった。
密着した部分からひしひしと感じる彼の規則正しい鼓動と静かな呼吸、甘いと感じる彼の香り。嗚呼、まるで羊水に揺られる胎児のような自分は気付かれぬよう静かに涙を流す。



無知な赤子は愚かしい




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